南極物語のモデルとなった樺太犬タロとジロの生涯とは

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南極物語のモデルとなった樺太犬タロとジロの生涯とは

映画やドラマで度々再現されてきた南極物語に登場する樺太犬のタロとジロの兄弟の過酷な体験と生涯、そして物語では明かされていないエピソードを紹介して行きたいと思います。

樺太犬タロとジロについて

黒い子犬

2匹の生い立ち

タロとジロは高度経済成長真っ只中の昭和31年の初めに稚内市で誕生しました。因みに生まれたのはタロ・ジロ・サブロの3兄弟でした。

名前は、南極観測用に樺太犬を集めていた、犬飼哲夫教授によって付けました。名前の由来は、教授が以前南極探検を行った際に同行していた、樺太犬の名前の一部を取って付けたようです。(タロとジロ、もしくはタロウとジロウなど、諸説あります)

第1次南極観測隊に同行する

調査船

そしてタロとジロが生後約10ヶ月を過ぎた頃、犬ぞり引きの任命を受けます。

北海道には当時1,000頭程の樺太犬がいましたが犬ぞり使用に適した犬は50頭程度しかおらず、その中から選ばれた23頭の樺太犬が稚内にて訓練を受け、第1次南極観測隊と共に南極へ旅に出る事となります。(ちなみにサブロは訓練中に病死しています。)

出発したのは1956年の11月。総勢53名の調査隊員によって構成された第1次南極観測隊が、南極観測船「宗谷」に乗り、東京湾から南極へ出発しました。

赤道を越えるルートを取っていたため、暑さに弱い樺太犬の為に冷房室が用意されていたそうです。

極寒の中、置き去りにされる

南極

ところが出発してから2年が過ぎた頃、予想を越える規模の悪天候が発生します。
先に基地を後にした第1次越冬隊はアメリカの砕氷艦に回収されてことなきを得ましたが、入れ替わりになるはずだった第2次越冬隊を乗せた南極観測船「宗谷」は、昭和基地に向かえなくなりました。

悪天候の中、先遣隊として派遣された3名が、なんとか昭和基地にたどりついた頃には、事態はさらに悪化。犬達を見殺しに出来ないと基地に残るよう志願したものの、命令の末、タロとジロを含む15頭の犬が繋がれたままの状態で極寒の基地に残されてしまいます。

犬達の鎖をはずさなかった理由は?

私もですが、「なんで置いて帰る際に犬の鎖を繋いでいたままにしていたの?」と疑問に思う方も多いと思いますが、

理由は「交代する隊員がすぐにやって来る」と思っていたからだそうなんです。そのため、野犬化したり共食いしたりしないようそれぞれ鎖で繋いでいたようです。

ただ、結果としてはその後も悪天候が続き、交代の探検隊は来ることがありませんでした。

隊員にとっても苦渋の決断だった

このあまりに残酷な出来事に対し、日本国民は観測隊に対して「あの寒さの中を置き去りにするなんて何て身勝手なんだ!」と大バッシングを浴びせました。
しかし、実際の現場は、極度の悪天候だった事や、当時はすぐに次の隊員が到着すると想定していた事を含め、悩みに悩んだ末の決断だったんです。

犬達の首には、そり用の綱をそのまま残され、隊員が戻ったら直ぐに活躍できるように準備していました。その後、救出が困難だと分かった時も、せめて苦しませず安楽死させようと準備していましたが、激しいブリザードがそれを阻みました。

昭和基地を出発する時、自分たちの運命を悟ったのか、犬達の鳴き声は実に悲しげだったそうです。探検隊のみなさんも心を痛めていたことでしょう。

奇跡の生存と感動の再会

再会

そして1年近く経過した頃、南極観測船「宗谷」は再び南極を訪れていました。二機の観測用のヘリが飛ばされ、昭和基地の調査が行われていました。

当然「犬の生存は絶望だろう」と言われていましたが、そんな時、隊員達に思わぬ朗報が入ります。

「犬二頭発見!」

何とそれは、置き去りにされた犬の内、2匹の生存が確認されたという事でした。

当時犬の世話係だった北村さんが同行していたため、急遽基地に向かい確認したところ、その特徴と名前を呼んた時の反応から、それがタロとジロの兄弟と分かったそうです。

こうして、隊員と2匹は奇跡の再会を果たす事ができました。

なぜタロとジロは生還できたのか?

犬ゾリ

寒さに強かったから

樺太犬は寒さに強く、体が丈夫な犬種です。また、雑食なので生存能力の高く、このような理由から南極観測隊の調査犬として選ばれたそうです。

つまり、寒さに強かったこと、体が丈夫だった事が過酷な環境で生き抜けた理由だったそうです。また、タロとジロは年齢的にも若い犬でしたので、体力が一番あったみたいです。

残る問題は食糧ということになりますが・・・

自分たちで食料を手に入れていたから

過酷な状況で起こるであろうと心配されていた「共食い」でしたが、基地の近くには犬を食べた痕跡は無く、おそらくアザラシの糞や野生のペンギンなどを狩って命をつないでいたと、世話係だった北村さんは推測しています。

実際にその後の第3次隊で、タロとジロの2匹がアザラシの狩りをしたり、あまった食糧を隠して貯蔵するなど、本能的に生き抜く手段を身に着けていた事がわかるエピソードがあるそうです。

また、2匹は首輪抜けが得意だったため、繋がれた状態でも、直ぐに自由になれたのではないかと言われています。

帰還後のタロとジロ

樺太犬

その後、タロは日本へ帰国して、札幌市の北海道大学植物園で穏やかな余生を過ごし、9歳の天寿を全うしました。

一方ジロは、そのまま基地に残り調査犬として活動を続ける事に。しかし翌年の1960年に病死してしまいました。奇跡の生還を遂げたとものの5歳の若さで天に昇りました。

ただ、その後も2匹の生還は日本国民に衝撃と感動を与え、一大ブームとなりました。
2匹をたたえる曲がつくられたり、当時開業したばかりだった東京タワー15頭の樺太犬記念像が立てられたりしました。

現在、2匹は剥製として保存され、それぞれタロが余生を過ごした北海道大学植物園で、タロは国立博物館で、今もその姿を残しています。

タロとジロ生還の知られざる事実

哀しげに見送ったのは嘘だった?

南極物語では置き去りにする際、タロとジロ達は哀しげな目をしたまま身体を動かすことはなかったというシーンがありますが、隊員である北村泰一さんはこのような事を語っていたそうです。

「あのシーンは犬の事を知らない人が想像で作ったもの。朝は良く走るけれど、それは朝のバカ走りと言ってね。30分ぐらいはよく走る。」
「そのあとは疲れてしまうのか、ただ歩くだけ。午後にもなれば、その場から1歩も動かなくなってしまう」

ロシアの探検隊に助けられていた!

ロシア調査隊

タロとジロは自力で食糧を調達して生き延びたとされてますが、実はその一方ではロシア(当時はソ連)の探検隊に肉を与えてもらいながら生き永らえる事ができたという説があります。

同じ時期にロシアの探検隊も南極基地に向かっており、空腹状態だったタロとジロに生肉を与えていたのではないか、と言われています。この説が正しければ、ロシア隊がいなければ南極物語が出来ていなかった事になりますね。

ちなみに、共食い説もありましたが、残された痕跡からその説は無いとの事です。

タロとジロが判らなかった

映画や小説のストリーでは、再会して直ぐに「タロとジロが生きていた!」と、語られがちですが、実は結構大雑把な確認方法だったようです。

2匹の生存を知らされた隊員は早速会いに向かいましたが、目の前にいる樺太犬がタロとジロなのか判らなくて、「片っ端から犬達の名前を呼んでみた」そうです。。

たしかに、当時タロとジロは子犬だったため、1年近く経過してしまうとその面影も薄れてしまいます。思い入れもあったのか、まさか2匹が、あのタロとジロ兄弟だとは思わなかったそうです。

一通り名前を呼び終わり、最後の最後で、「タロ」と呼んでみた所、反応したため、「それじゃあこっちはジロか?」と呼ぶと、ペタリと座り、ジロの癖でもあった、右前脚を上げる仕草を見せてくれたそうで。

まとめ

映画「南極物語」とはだいぶ違う印象を受けた方もいらっしゃるかもしれませんね。
それでも、実際のエピソードの中にも、いくつものドラマがあった事がうかがえたのではないでしょうか?

映画「南極物語」をチェック!

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  • 20代 女性 しずえ

    わたしも南極物語は家にDVDがあるので見たことありますが、とても切なく愛犬家としては心が痛くなります。タロとジロの生涯というのは辛いことの方が多かったかのように思えますが、その生きた姿たくましさというのは感動が止まらないほど素晴らしかったです。
  • 30代 女性 ちびまま

    南極物語は、数年前にキムタクが出演したドラマでも知られているとても有名な物語です。ドラマを見ていたので映像が蘇ります。そして、記事を読み改めて優秀なタロとジロだと思いました。
  • 30代 女性 さえちゃん

    南極物語は映画で見たことはあります。たしかにその当時は、可哀想なのと感動が入り交じっていました。

    なぜあの時、犬達を置いていったのだろう?と私も疑問に感じていた一人です。記事を読んで、すごく心にしみました。タロとジロ…幸せな余生を過ごすことができてよかったです。
  • 30代 女性 きりり

    小さい頃テレビで観て、タロとジロの話は知っていました。一番思うことは、やはり置き去りにした人間への怒りが一番です…。いくら苦渋の決断だった、悪天候のせいで…と言っても、置き去りにされる犬にとっては訳も分からず不安でいっぱいだったと思います。
    タロ、ジロはつらく苦しい中、生きててくれて本当に良かったと思います。タロ、ジロと残りの13匹にもよく頑張ったね、と頭を撫でてあげたいです。
  • 30代 女性 あんず

    小さい頃から犬が好きで「南極物語」も観ました。最後のタロとジロとの再会シーンでよかったね・・・!と泣きました。
    でも、大人になって色々わかってくると同じ映画でもまた見方が変わってきて、基地に置き去りにした人たちへの怒りと憤りで感動モノとしては観れなくなってしまいました…

    食糧も何も無い、でも鎖につながれその場から動く事もできない…タロとジロは生き残ったけど他の子たちは…想像を絶する状況ですごく胸が締め付けられます。

    犬たちは人を信じ、待っていたのだと思います。でも裏切られた。唯一報いだと感じたのは、南極でタロとジロに再会した時に観測隊へ唸ったそうです。

    「今までなんで僕たちを放っといたんだ!」「今さらなんだよ!」とでも言いたかったのかもしれません。
    今より動物たちの命が軽視されていた時代の出来事ですが、こんな悲しい事は二度と起こって欲しくありません。お台場にある宗谷を見る度に感じます。
  • 女性 ポムポム

    南極物語、実は見たことがなかったのですがこちらの記事を見てなんともいえない感情になりました。タロとジロ、2匹だけでも無事生き残ってくれて本当によかったです。また、共食いをした形跡はないことに少しほっとするような樺太犬の尊厳を見たような気がしました。
    天候は、天候や天災は人間の予想できる範囲ではないですしいたしかたないとも思えますし、その場で苦渋の決断をされてきた隊員の方たちは自分自身でも悔いがあったでしょうし、お気持ちの辛さを想像します。責めることは簡単な気がします。そのとき、その場にいた方の気持ちを理解するのも思いやりではないでしょうか。むしろ、責めるべきは同行したにもかかわらず一緒に動く余裕のなかった計画にある気がします。一緒に連れて行けるものなら、隊員の方達は一緒に行動していたと思います。映画も史実も詳しくしりもしないでこんなことを言うのもおかしな話ですが、今後悲しいニュースや出来事がないことを祈りたいです。
  • 50代以上 男性 匿名

    昭和35年7月末日稚内(野寒布岬公園)に繋がれていて,我が三重大(物理)理論物理教員引率学生15人を激しく出迎えてくれました…夕暮れ迫り写真はありませんが翌日2高校がある礼文島からの利尻富士眺望は素晴らしいものでした.尚 北村氏は小中学校向け絵本を書かれたあと津市(県立文化会館ホール)でも公演されました
  • 女性 aoi

    タイトルは知っていましたが、内容はざっとあらすじを知るだけに留まっていました。忠犬ハチの物語ですらまともに画面を見ることができなかったので、南極物語もきっと見ることができないと思っていました。

    犬は置き去りにされた時は、まさかそのまま放置されていくなんて思わなかったと思います。迎えに来てくれるまでここで待っていればいいんだと思ったのかもしれません。そう思うとやり切れない気持ちでいっぱいになります。
    無事に生きていてくれてよかったと思いました。ですが、他の犬が助からなかったのはとても残念です。生きていてくれたから、タロ、ジロだけが取り上げられてしまっていますが、他の犬も頑張っていたと思います。

    タロが14歳まで生きたことに驚きました。今でこそ食事や動物病院の進歩で犬の10歳超えも珍しくはないですが、当時に14歳という長寿はすごいと思います。先に5歳という若さで病死してしまったジロの分まで生きてくれたのでしょうか。

    南極物語は美談にはならないけれど、ここから学ぶことも多いと思いました。
  • 女性 アガベ

    私が小さい頃、犬好きの父からタロとジロの話をよく聞いたものです。DVDや本などもたくさん出ていますよね。しかし、犬が好き!という方や犬に興味がある!という方でなければ、タロとジロのことを知っているという方は最近少なくなってきているのではないでしょうか?私も話は知っていましたが、忘れていたり、知らないこともあったので、記事を読んでみて良かったです。多くの方も同じことを思っていると思いますが、私もあの寒さの中で犬を置き去りにするとは!と疑問と怒りを覚えました。しかし、当時は隊員さんたちもとても悩んだと思います。そこで生き残ったタロとジロは本当に運が良いと思いました。ロシアの探検隊にも感謝ですね!この奇跡的な話を今後もたくさんの人に知って欲しいと思います。
  • 女性 コロ

    置き去りにされた時の鳴き声、すごく心苦しかったと思います。もちろん犬たち全員も苦しかっただろうなぁと思います。極寒の地で凍えなかったんだろうか、タロジロの生命力の強さに犬って強いなと改めて思いました。迎えに来てもらえた時は本当に嬉しかったでしょうね。
    昔だから仕方がなかったことなのかもしれませんが、もっと早くに迎えに行ってほしかったですね。
  • 女性 パピコ

    タロジロはハチ公の次に有名な犬ではないでしょうか。これまで世話をしてくれていた人たちがいなくなってしまったあと、どれほど心細かったことでしょうか。想像するだけで胸が張り裂けそうです。タロジロの生命力と強靭な精神力を称賛したいです!当然のことかもしれませんが、人間よりも犬はずっとタフなんですね。
  • 女性 ゴン吉

    犬ぞりの犬は仲間意識が強いので、亡くなっていく仲間犬たちを見ながら何を思っていたのだろうかと思います。タロ、ジロは首輪抜けが得意だったんですね。他の犬たちも首輪抜けができて、皆で基地に逃げ込めていればよかったのにと思ってしまいます。寒さに強い犬種だったにしても、せめて建物の中に入れてあげてほしかったです。
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