南極物語のモデルとなった樺太犬タロとジロの生涯とは(画像)

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南極物語のモデルとなった樺太犬タロとジロの生涯とは(画像)

映画やドラマで度々再現されてきた南極物語に登場する樺太犬のタロとジロの兄弟の過酷な体験と生涯、そして物語では明かされていないエピソードを紹介して行きたいと思います。

樺太犬タロとジロについて

2匹の生い立ち

タロとジロは高度経済成長真っ只中の昭和31年の初めに稚内市で誕生しました。因みに生まれたのはサブロも含めた3兄弟だったそうです。

1956年(昭和31年)1月、稚内市にて風連のクマと、クロの子として生まれ、タロ・ジロ・サブロの3兄弟だった。名前は当時南極観測隊用に樺太犬を集めていた犬飼哲夫教授によって名付けられた。

出典:https://ja.m.wikipedia.org

第1次南極観測隊に同行する

そしてタロとジロが生後約10ヶ月を過ぎた頃、犬ぞり引きの任命を受け、20頭の樺太犬、第1次南極観測隊と共に南極へ旅に出る事となります。

1956年(昭和31年)11月
総勢53名の第1次南極観測隊が、東京湾より南極観測船「宗谷」で南極へ出発。タロ、ジロを含む22頭の樺太犬も同乗した。

出典:http://www.koinuno-heya.com

極寒の中、置き去りにされる

ところが出発してから2年が過ぎた頃、予想を越える規模の悪天候が発生します。
そして何と、タロとジロを含む15頭の犬が繋がれたままの状態で極寒の基地に残されてしまいます。

1958年(昭和33年)2月
第2次越冬隊を乗せた宗谷が南極付近に到着するも、悪天候のため昭和基地には到達できなかった。
1958年2月の悪天候は激しく、第1次越冬隊はかろうじて基地から観測船に戻ってきたものの、第2次越冬隊が入れ替わりで昭和基地に行くことは不可能でした。また基地からの戻り組は、15頭の犬たちを観測船まで連れてくるだけの余裕がなかったため、首輪につないだまま基地に残してきました。つまり実質的な見殺しです。この行為は後に、国民の激しい非難を招くこととなります。

出典:http://www.koinuno-heya.com

犬達の鎖をはずさなかった理由は?

私もですが、「なんで置いて帰る際に犬の鎖を繋いでいたままにしていたの?」と疑問に思う方も多いと思いますが、理由は交代する隊員がすぐにやって来ると思っていたからだそうなんです。

探検隊の隊員の記録によると交代の探検隊が来るという前提で鎖をはずさなかったようです。『数時間の間南極基地が留守になるだけ』と思っていたようです。ですが、その後天候の悪化により交代の探検隊が来ることは無かったのです。

出典:http://tubuyakinohibi.blog.so-net.ne.jp

隊員にとっても苦渋の決断だった

このあまりの残酷な出来事に対し、日本国民は「あの寒さの中を置き去りにするなんて何て身勝手なんだ!」と大バッシングを浴びた観測隊でしたが、悪天候だった事や、すぐに次の隊員が到着すると想定していた事を含め、悩みに悩んだ末の決断だったんです。
そして苦しませず安楽死をしようと考えたり、置き去りにされた犬達の鳴き声に心を痛めていたんです。

残されたカラフト犬たちは、次の隊員が到着したら、すぐに活躍できるようにと、そりの綱に結び付けられたままでした。ひと思いに死なせてやろう、と毒ダンゴも用意しましたが、それを撒くための飛行機さえブリザードで飛び立てませんでした。

出典:http://homepage3.nifty.com

「その時(昭和号がエンジンの回転数をあげて飛び立とうとしたとき)、突然一直線に並んでつながれていた樺太犬が一斉に吠え立て始めた。しかもその吠え方はただの咆哮(ほうこう)ではなく、実に悲しげな悲鳴にも似た声であった」

出典:http://d.hatena.ne.jp

奇跡の生存と感動の再会

そして1年近く経過した頃、犬の生存は絶望だろうとされたまま再び南極に赴いた隊員達に思わぬ朗報が入ります。何とそれは置いてきた犬の内の2匹の生存が確認されたというんです。それがタロとジロの兄弟だったのです。
そして無事、隊員と2匹は奇跡の再会を果たす事ができました。

昭和34年(1958年)1月14日、南極観測船「宗谷」は3度目の南極にいました。宗谷から大型ヘリ二機を飛ばしました。二号機から「犬二頭発見」の報が届きます。宗谷船内に驚きと歓声があがりました。

出典:http://d.hatena.ne.jp

着陸すると駆けてきて操縦士に寄ってきたが、個体の判別がつかなかった。急遽、第1次越冬隊で犬係だった北村が次の機で基地に向かうことになった。犬達は北村に対しても警戒していたが、北村は2頭の中の1頭の前足の先が白いのを認め、「ジロ」ではないかと考え名前を呼んだところ反応して尻尾を振った。もう1頭も「タロ」との発声に反応したことから、この兄弟が生存していたことが確認されたのである

出典:https://ja.m.wikipedia.org

(※タロとジロが生還できた理由など、続きは次のページへ!)

なぜタロとジロは生還できたのか?

寒さに強かったから
犬ぞり

”樺太犬は寒さに強く、体が丈夫で、雑食という理由で南極観測隊に選ばれていました。
寒さに強く、体が丈夫なら、あとの問題は食糧ということになります。”

出典:http://kyouhanannohikana.seesaa.net

更にタロとジロは残された犬の中でも1番若くて体力もあったのも理由の1つなのでしょうね。

自分たちで食料を手に入れていたから
アザラシ

基地に置いてきた犬の食料や死んだ犬を食べた形跡はなく、アザラシの糞やペンギンを食べて生きていたのだろうと北村は推測している。北村らは3次隊越冬の際、タロとジロが2頭でアザラシに襲いかかる所や食料を貯蔵する所を目撃している。この兄弟は特に首輪抜けが得意な個体だったと言われる。

出典:https://ja.m.wikipedia.org

帰還後のタロとジロ

その後、無事に隊員と帰還をした2匹の内、タロは日本へ帰国して穏やかな余生を過ごしたまま天寿を全うしました。
ジロは基地に残ったまま1960年に5歳の若さで病死してしまいました。

日本に帰国した後にタロは札幌市の北海道大学植物園に引き取られ、9年間の余生を送りました。1970年(昭和45年)8月11日に老衰のため14歳7か月で亡くなりました。人間で言えば90近い年齢でした。
ジロは第四次越冬中に昭和基地に残り、翌年の1960年に病死。5歳でした。
現在、タロの剥製は北海道大学植物園、ジロの剥製は国立博物館で展示されています。

出典:http://tubuyakinohibi.blog.so-net.ne.jp

タロとジロ生還の知られざる事実

哀しげに見送ったのは嘘だった?

南極物語では置き去りにする際、タロとジロ達は哀しげな目をしたまま身体を動かすことはなかったというシーンがありますが、隊員である北村泰一さんはこのような事を語っていたそうです。

「あんなことはない。犬を知らない人がつくったものだ」と感じた。「確かに朝はよく走る。朝のバカッ走りと言って、30分くらいはね。でも、その後はひたすら歩くだけ。そして午後2時にもなれば、どう引っ張ったって、怒鳴ったって、一歩も動かなくなる」

出典:http://blog.livedoor.jp

ロシアの探検隊に助けられていた!

タロとジロは自力で食糧を調達して生き延びたとされてますが、実はその一方ではロシア(当時はソ連)の探検隊に肉を与えてもらいながら生き永らえる事ができたという説があります。

フランス隊がタロとジロを助けたという情報がネット上でありますが、正確にはロシアの探検隊がたまたま南極基地に来た時に空腹で瀕死状態だった犬2頭を発見して生肉を与えたという説があります。ロシア隊が来なければタロとジロが生き延びることはなく、南極物語もつくられることはなかったでしょう。ちなみに共食い説は残された犬の死骸を調査した結果ないとのことです。

出典:http://tubuyakinohibi.blog.so-net.ne.jp

タロとジロが判らなかった

2匹の生存を知らされた隊員は早速会いに向かいましたが、目の前にいる樺太犬がタロとジロなのか判らなくて置き去りにしていった犬の名前を一通り呼んだそうです。

北村さんは、片っ端から犬の名を呼んだ。タロ、ジロは置き去りにしたとき子犬だったため、目の前の犬が彼らだとは思えなかった。でも、最後に試しに「タロか」と呼ぶとしっぽがかすかに揺れた。「じゃあこっちはジロだろう」と思い、「ジロ」と呼ぶと、ペタリと座り、前からの癖、右前脚を上げる仕草をした。

出典:http://blog.livedoor.jp

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  • 20代 女性 しずえ

    わたしも南極物語は家にDVDがあるので見たことありますが、とても切なく愛犬家としては心が痛くなります。タロとジロの生涯というのは辛いことの方が多かったかのように思えますが、その生きた姿たくましさというのは感動が止まらないほど素晴らしかったです。
  • 30代 女性 ちびまま

    南極物語は、数年前にキムタクが出演したドラマでも知られているとても有名な物語です。ドラマを見ていたので映像が蘇ります。そして、記事を読み改めて優秀なタロとジロだと思いました。
  • 30代 女性 さえちゃん

    南極物語は映画で見たことはあります。たしかにその当時は、可哀想なのと感動が入り交じっていました。

    なぜあの時、犬達を置いていったのだろう?と私も疑問に感じていた一人です。記事を読んで、すごく心にしみました。タロとジロ…幸せな余生を過ごすことができてよかったです。
  • 30代 女性 きりり

    小さい頃テレビで観て、タロとジロの話は知っていました。一番思うことは、やはり置き去りにした人間への怒りが一番です…。いくら苦渋の決断だった、悪天候のせいで…と言っても、置き去りにされる犬にとっては訳も分からず不安でいっぱいだったと思います。
    タロ、ジロはつらく苦しい中、生きててくれて本当に良かったと思います。タロ、ジロと残りの13匹にもよく頑張ったね、と頭を撫でてあげたいです。
  • 30代 女性 あんず

    小さい頃から犬が好きで「南極物語」も観ました。最後のタロとジロとの再会シーンでよかったね・・・!と泣きました。
    でも、大人になって色々わかってくると同じ映画でもまた見方が変わってきて、基地に置き去りにした人たちへの怒りと憤りで感動モノとしては観れなくなってしまいました…

    食糧も何も無い、でも鎖につながれその場から動く事もできない…タロとジロは生き残ったけど他の子たちは…想像を絶する状況ですごく胸が締め付けられます。

    犬たちは人を信じ、待っていたのだと思います。でも裏切られた。唯一報いだと感じたのは、南極でタロとジロに再会した時に観測隊へ唸ったそうです。

    「今までなんで僕たちを放っといたんだ!」「今さらなんだよ!」とでも言いたかったのかもしれません。
    今より動物たちの命が軽視されていた時代の出来事ですが、こんな悲しい事は二度と起こって欲しくありません。お台場にある宗谷を見る度に感じます。
  • 女性 ポムポム

    南極物語、実は見たことがなかったのですがこちらの記事を見てなんともいえない感情になりました。タロとジロ、2匹だけでも無事生き残ってくれて本当によかったです。また、共食いをした形跡はないことに少しほっとするような樺太犬の尊厳を見たような気がしました。
    天候は、天候や天災は人間の予想できる範囲ではないですしいたしかたないとも思えますし、その場で苦渋の決断をされてきた隊員の方たちは自分自身でも悔いがあったでしょうし、お気持ちの辛さを想像します。責めることは簡単な気がします。そのとき、その場にいた方の気持ちを理解するのも思いやりではないでしょうか。むしろ、責めるべきは同行したにもかかわらず一緒に動く余裕のなかった計画にある気がします。一緒に連れて行けるものなら、隊員の方達は一緒に行動していたと思います。映画も史実も詳しくしりもしないでこんなことを言うのもおかしな話ですが、今後悲しいニュースや出来事がないことを祈りたいです。
  • 50代以上 男性 匿名

    昭和35年7月末日稚内(野寒布岬公園)に繋がれていて,我が三重大(物理)理論物理教員引率学生15人を激しく出迎えてくれました…夕暮れ迫り写真はありませんが翌日2高校がある礼文島からの利尻富士眺望は素晴らしいものでした.尚 北村氏は小中学校向け絵本を書かれたあと津市(県立文化会館ホール)でも公演されました
  • 女性 aoi

    タイトルは知っていましたが、内容はざっとあらすじを知るだけに留まっていました。忠犬ハチの物語ですらまともに画面を見ることができなかったので、南極物語もきっと見ることができないと思っていました。

    犬は置き去りにされた時は、まさかそのまま放置されていくなんて思わなかったと思います。迎えに来てくれるまでここで待っていればいいんだと思ったのかもしれません。そう思うとやり切れない気持ちでいっぱいになります。
    無事に生きていてくれてよかったと思いました。ですが、他の犬が助からなかったのはとても残念です。生きていてくれたから、タロ、ジロだけが取り上げられてしまっていますが、他の犬も頑張っていたと思います。

    タロが14歳まで生きたことに驚きました。今でこそ食事や動物病院の進歩で犬の10歳超えも珍しくはないですが、当時に14歳という長寿はすごいと思います。先に5歳という若さで病死してしまったジロの分まで生きてくれたのでしょうか。

    南極物語は美談にはならないけれど、ここから学ぶことも多いと思いました。
  • 女性 アガベ

    私が小さい頃、犬好きの父からタロとジロの話をよく聞いたものです。DVDや本などもたくさん出ていますよね。しかし、犬が好き!という方や犬に興味がある!という方でなければ、タロとジロのことを知っているという方は最近少なくなってきているのではないでしょうか?私も話は知っていましたが、忘れていたり、知らないこともあったので、記事を読んでみて良かったです。多くの方も同じことを思っていると思いますが、私もあの寒さの中で犬を置き去りにするとは!と疑問と怒りを覚えました。しかし、当時は隊員さんたちもとても悩んだと思います。そこで生き残ったタロとジロは本当に運が良いと思いました。ロシアの探検隊にも感謝ですね!この奇跡的な話を今後もたくさんの人に知って欲しいと思います。
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