犬のツボ押しマッサージとは?
犬のツボ押しマッサージとは、東洋医学の考え方に基づいた健康法の一つです。人間の鍼灸治療などで知られる「ツボ」は、犬の体にも存在します。専門的には、ツボは「経穴(けいけつ)」と呼ばれ、全身に張り巡らされたエネルギーの通り道である「経絡(けいらく)」の重要なポイントです。
この経穴を指で優しく刺激することで、滞りがちな「気」や「血」の流れをスムーズにし、体全体のバランスを整えることを目指します。マッサージによって血行が促進されることで、心身のリラックス効果や、体の内側から健やかな状態をサポートする効果が期待できると言われています。
何よりも、飼い主さんの手で直接体に触れることは、愛犬にとって大きな安心感につながり、お互いの絆を深める絶好のコミュニケーションとなります。
犬のツボの場所(部位ごとのツボの位置)とマッサージ方法
犬のツボ(経穴)は、頭のてっぺんからしっぽの先、足の裏まで、全身に数百カ所あると言われています。そのすべてを覚えるのは大変ですが、いくつかの重要なツボは特定のエリアに集中しているため、ポイントを押さえることで効果的なケアが可能です。
特にツボが集中しており、愛犬が触られて喜ぶことが多い「顔周り」「背中周り」「足周り」の3つのブロックに分けてご紹介します。これらの部位をケアするだけでも、リラックス効果や体の調子を整えるといった、さまざまな恩恵が期待できます。
顔周り(頭・耳・口・目)
顔周りのツボは、精神的なリラックス効果や、目・口といった器官のケアに役立ちます。
ツボの名前 | 位置 | 期待できる効果 |
---|---|---|
百会(ひゃくえ) | 頭頂部、左右の耳を結んだ線と顔の中心線が交わる、少しへこんだ部分。 | 精神安定、リラックス効果、ストレス緩和。 |
耳尖(じせん) | 耳の先端部分。 | 体の熱や炎症を和らげる、耳のかゆみや皮膚炎のサポート。 |
睛明(せいめい) | 両目の目頭の内側にある、わずかなくぼみ。 | 目の疲れ、涙やけの緩和、眼精疲労のサポート。 |
承漿(しょうしょう) | 下あごの中央、下唇のすぐ下にあるくぼみ。 | 口内の不調(よだれ過多など)の緩和、口周りの血行促進、精神安定。 |
顔周りのマッサージは、愛犬の表情を直接見ながら行えるため、コミュニケーションを深めるのに最適です。「百会」はあらゆる精神的なストレスに効果的とされ、雷や花火などを怖がる犬を落ち着かせる際にも役立つ可能性があります。
「睛明」の周辺を優しくマッサージすることは、涙やけが気になるミニチュア・ダックスフンドやトイ・プードルのような犬種のセルフケアにも繋がります。口周りの「承漿」は、デンタルケアと合わせて行うことで、口内環境を健やかに保つ手助けとなるでしょう。
背中周り(首・背筋)
首から腰にかけての背骨沿いには、自律神経を整え、内臓の働きにも関わる重要なツボが並んでいます。
ツボの名前 | 位置 | 期待できる効果 |
---|---|---|
風府(ふうふ) | 首の後ろ、後頭骨のすぐ下にある大きなくぼみ。 | 首や肩のこりの緩和、頭部への血行促進、リラックス効果。 |
大椎(だいつい) | 首を前に倒した時に最も出っ張って感じられる骨(第7頸椎)のすぐ下。 | 全身の気の巡りを整える、免疫機能のサポート、風邪の初期症状。 |
身柱(しんちゅう) | 背骨の上、左右の肩甲骨の間あたり。 | 呼吸器系の不調(咳など)の緩和、精神安定、皮膚の健康サポート。 |
腎兪(じんゆ) | 腰部、最後の肋骨の高さにある背骨の両脇(指2本分ほど外側)。 | 泌尿器系の働きをサポート、腰の疲れやだるさの緩和、エイジングケア。 |
背中周りのマッサージは、全身の調和を取り戻すのに役立ちます。特に「腎兪」は、シニア期に入った犬のエイジングケアとして重要なツボです。腰が弱りがちなコーギーやミニチュア・ダックスフンドなどの犬種には、特に優しくケアしてあげると良いでしょう。
「大椎」や「身柱」は、体全体のエネルギーを高め、免疫力をサポートすると言われています。背骨に沿ってゆっくりと指を滑らせるようにマッサージするだけでも、自律神経が整い、深いリラックス効果が得られます。
足周り(足先・脚・肉球)
常に体を支えている足には、疲労回復や内臓の働きを助けるツボが集中しています。
ツボの名前 | 位置 | 期待できる効果 |
---|---|---|
合谷(ごうこく) | 前足の人間でいう親指と人差し指の骨が交わる手前の、少しへこんだ部分。 | 顔周りの不調(歯の痛みなど)の緩和、ストレス緩和、消化器系のサポート。 |
足三里(あしさんり) | 後ろ足の膝のお皿のすぐ外側下にあるくぼみ。 | 胃腸の働きを整える、消化促進、足の疲れやだるさの緩和、体力増強。 |
湧泉(ゆうせん) | 後ろ足の一番大きな肉球(足底球)の少し下、中央のくぼみ。 | 全身の疲労回復、冷えの改善、エネルギー(元気)を湧き上がらせる。 |
太衝(たいしょう) | 後ろ足の人間でいう親指と人差し指の骨の間を足首方向にたどっていった所。 | ストレスやイライラの緩和、肝臓の働きをサポート、目の疲れ。 |
足周りのツボは、日々の散歩で疲れた体を癒すのに最適です。特に「足三里」は、胃腸の調子を整える万能のツボとして知られ、食欲不振や軟便気味の時に優しく刺激すると良いでしょう。「湧泉」は、その名の通り元気が湧き出るツボとされ、シニア犬や疲れが見える犬を元気づけるのに役立ちます。
また、ストレスを感じやすい繊細な性格のチワワなどには、「合谷」や「太衝」をゆっくり押してあげることで、心を落ち着かせる手助けができます。散歩の後に足を拭く習慣と合わせて、これらのツボを優しくマッサージすることを日課にするのがおすすめです。
犬のツボ押しマッサージの正しいやり方
ここでは、実際にツボ押しマッサージを行う際の基本的な手順と考え方について解説します。正しい方法を身につけ、愛犬とのリラックスした時間を過ごしましょう。
マッサージを始める前の準備
まず大切なのは、飼い主と愛犬が共にリラックスできる環境を整えることです。テレビの音を消し、静かで落ち着ける場所を選びましょう。愛犬がゆったりと横になれるお気に入りのベッドやマットの上で行うのが理想的です。
マッサージを始める前には、飼い主さん自身が深呼吸をして心を落ち着け、冷たい手で犬を驚かせないように、両手をこすり合わせるなどして温めておきましょう。
基本的な押し方と力加減
ツボを押す際は、指の腹を使い、ツボに対して垂直にゆっくりと圧をかけていきます。爪を立てないように注意してください。
「イタ気持ちいい」ではなく、愛犬がうっとりするような「気持ちいい」と感じる程度の力加減が基本です。体の小さなチワワやトイ・プードルにはごく優しく、体がしっかりしている柴犬やラブラドール・レトリバーには少し圧を強めるなど、愛犬の体の大きさや反応を見ながら調整しましょう。
指圧の力加減は、自宅にあるキッチンスケールを指で押してみて、
- 小型犬:~500gまで
- 中型犬:~1kgまで
- 大型犬:2~3kgまで
となるよう練習してみてください。
一つのツボを押す時間は、3秒から5秒ほどかけてゆっくり圧を加え、同じようにゆっくりと離すのが目安です。
マッサージの全体の流れ
いきなりツボを押し始めるのではなく、まずはコミュニケーションから始めましょう。優しい声で話しかけながら、頭から背中、しっぽにかけて、手のひら全体でゆっくりと撫でていきます。
これは、マッサージの始まりを愛犬に伝え、心と体の準備をしてもらうための大切なステップです。愛犬がリラックスしてきたのを確認してから、目的のツボ押しに移ります。
マッサージが終わった後も、再び全身を優しく撫でてあげることで、心地よい余韻が残り、マッサージが特別な時間として記憶されるでしょう。
犬のツボ押しをする上での注意点
愛犬の健康のために行うツボ押しマッサージですが、やり方を間違えたり、愛犬の状態を無視したりすると、かえって負担になることもあります。以下の注意点を必ず守ってください。
愛犬が嫌がる場合は無理強いしない
ツボ押しマッサージで最も重要なことは、愛犬が心地よいと感じることです。体を触られるのを嫌がったり、特定の場所を触ると怒ったり、その場から逃げようとしたりする場合は、すぐに中断してください。
無理強いをすると、マッサージ自体が嫌なことだと学習してしまい、飼い主さんとの信頼関係を損なう原因にもなりかねません。その日の気分や体調によっても反応は変わるため、常に愛犬の様子を最優先に考えましょう。
食後すぐや興奮している時は避ける
食事の直後は、消化のために血液が胃腸に集中しています。このタイミングでマッサージを行うと、消化不良の原因となる可能性があるため、食後1時間以上は時間を空けるようにしましょう。
また、散歩から帰った直後や、遊びで興奮している時も避けるべきです。心身が落ち着いたリラックスタイムに行うのが、マッサージの効果を最大限に引き出すコツです。
ケガや病気、妊娠中の場合は獣医師に相談する
体にケガをしている時、皮膚に炎症や湿疹がある時、発熱している時はマッサージを控えましょう。また、骨折や関節の病気、腫瘍などの持病がある場合や、妊娠中の場合も、ツボの刺激が体に予期せぬ影響を与える可能性があります。
マッサージを行って良いか、どの部位なら安全かなど、必ず事前にかかりつけの獣医師に相談し、その指示に従ってください。
まとめ
犬のツボ押しマッサージは、正しい知識と愛情があれば誰でも始められる健康法です。ツボを刺激することで得られるリラックス効果や体調を整える効果はもちろんのこと、最大のメリットは、飼い主と愛犬が肌と肌で触れ合い、コミュニケーションを深められる点にあります。
今回ご紹介したツボやマッサージ方法は、あくまで基本的なものです。最も大切なのは、愛犬の表情や体の反応を注意深く観察し、決して無理強いをしないこと。愛犬が「気持ちいい」と感じてくれる力加減や場所を見つけながら、日々の習慣に少しずつ取り入れてみてください。
その穏やかな時間が、愛犬の心と体の健康を育み、かけがえのない絆をより一層強くしてくれるはずです。