科学に基づいたトレーニング

加齢と共に愚痴ばかりこぼすようになった母親や無駄吠えの多い愛犬の行動を変えさせたいなど、人にもペットにも使えるのが、行動分析学です。
行動分析学では、「人間を含めた動物の行動は、その行動を行なった直後の結果に影響を受ける」のが一般法則だとされています。これを活用して、行動を繰り返させたり(正の強化)、抑えさせたり(負の強化)することで、相手(母や犬など)に自発的に行動を変えさせられるのです。
この考え方が日本に入ってきたのは、1998年頃のようです。日本のドッグトレーニングの世界では、「陽性強化法」とか「褒めるしつけ」などと呼ばれています。なお、陽性強化とは正の強化(positive reinforcement)のことです。
この考え方に基づき、問題行動をやめさせるための負の強化子(叱る、大きな音を立てるなど、負の強化を行うために与える刺激)として「ダメ!」と叱っても、シカトされて負の強化ができないという例は少なくありません。次章で、シカトするときの犬の心理を探ってみま
犬が飼い主の「ダメ!」をシカトするときの心理

1.「ダメ!」の意味を理解していない
飼い主さんは叱っているつもりでも、犬は叱られているとは思っていない場合があります。理解できない要因として、下記が考えられます。
- 飼い主さんの口調や表情が優しくて「負の強化子」になっていない
- 叱るたびに「ダメ!」とか「コラ!」などと言葉が変わる
2.何に対して叱られているのかが理解できない
叱られていることは理解できても、どの行動に対して叱られているのかが理解できていないというケースも多いです。基本的に、犬に悪意はないため、留守番中の出来事に対して叱られても、思い当たる節がないのでなぜ叱られているのかを理解できません。
3.叱られたくてやっている
飼い主さんが忙しすぎてあまり犬を構ってやれないご家庭などによくみられるケースですが、叱られたくてわざとやっている場合もあります。叱られることがかまってもらえたという「正の強化子」となり、叱られるような問題行動が強化されてしまうのです。
4.どうしてもやらずにはいられない
飼い主さんにとっては問題行動でも、犬にはやらずにいられない理由がある場合も多いです。理由がある限りその行動をやめさせるのは難しく、結果として「ダメ!」と叱ってもシカトされているように見えてしまいます。
5.どうすれば良いのかが分からない
犬の行動には理由があります。その理由によって現れた行動を「ダメ!」と否定されたことを理解できても、どうすれば良いのかを教えてもらえないと、犬はどうして良いのかが分からず、行動を改められません。
「ダメ!」をシカトされないための改善方法

叱り方を統一する
叱る言葉や叱り方を統一しましょう。ある時は「ダメ」、別の時には「コラ」ではなく、1つの単語に限定します。さらに、叱っていることが明確に伝わるよう、強い口調と少し低めの声ではっきりと発音しましょう。ご家族全員が同じ言葉で叱ることも大切です。
叱るのは直前か直後に限定する
犬の短期記憶はかなり短いことがわかっています。そのため、ほんの少し前の行動に対して叱っても、犬は何に対して叱られているのかを理解できません。叱る場合は、問題行動を起こす直前か直後に限定しましょう。
タイミングを逃した場合に叱ってはいけません。例えば帰宅後に床の粗相に気付いたら、黙々と片付け、粗相の痕跡を残さないようにするだけにとどめましょう。
何も反応しない
かまってほしくてやっている場合は、何も反応しないでください。叱るという負の強化子も、喜ばせるような正の強化子も、何も与えずに無視します。
ただし、無視する対象は犬ではなく行動です。例えば、要求吠えをしている間は無視します。しかし、自分から、または飼い主さんの指示で静かに落ち着いたら、すぐに褒めてあげましょう。
行動をしたがる理由をなくす
例えば、夜中に吠え続ける犬がいるとします。吠える理由が外の気配を警戒しているからだと分かった場合は、外の気配を感じづらい場所に寝床を移しましょう。愛犬の様子や周囲の状況をよく観察することで、問題行動の原因を突き止めることが大切です。
正しい行動を教える
飼い主さんの帰宅を喜び、興奮してウレションしてしまう犬がいるとします。ウレションに対して飼い主さんがいくら叱りつけても、犬は興奮しているのでやめさせることは難しいでしょう。
こういったケースでは、興奮している間は無視をし、落ち着いた瞬間に褒めてかわいがるようにしてみましょう。何度も繰り返すことで、犬は「静かに落ち着いて迎えれば良いのだ」という正しい行動を知ることができるのです。
そもそも「叱る」以外にやめさせる方法はないの?

やめさせたい行動をやめさせる方法は、7種類あると言われています。
- 抹殺法:ケージに隔離する等で、行動そのものができないようにしてしまう
- 負の強化:今回のテーマである「叱る」は、この方法の一つです
- 消去法:無視するなどにより、その行動を消してしまう
- 対立行動法:その行動と同時にはできないような行動を教え、やらせる
- 合図法:合図を出した時にだけ問題行動をするように教え、その後合図を出さない
- 他行動法:問題行動以外の行動を強化する
- 動機法:動機づけを変える
問題行動の種類や理由により、相応しい方法を選択し、必要に応じて複数を組み合わせることで、愛犬に無駄なストレスを与えず上手に問題行動をやめさせ、正しい行動に導いていきましょう。
まとめ

犬の習性に関する常識やトレーニングに関する方法論は、ここ30年程の間に大きく変わりました。動物の行動や感情に関する研究は日進月歩で進められていて、無駄なストレスを与えずにトレーニングするためには、科学的な知見を取り入れることが大切です。
全てを飼い主さんお一人、またはご家族だけで解決しようとするのは無理な話です。獣医行動診療に詳しい獣医師、最新の科学に基づいた手法の家庭犬トレーナーなど、プロの力を借りることも大切です。



