おかげ犬とは?歴史や有名犬の実話!今も愛される文化を紹介

おかげ犬とは?歴史や有名犬の実話!今も愛される文化を紹介

「おかげ犬」を知っていますか?何だかとてもありがたい響きですが、おかげ犬とはいったいどのようなものなのでしょうか。今回は、このありがたい「おかげ犬」についてご紹介します。

おかげ犬とはなに?

伊勢神宮 内宮 鳥居

日本国民の総氏神(同じ地域に住む人々が共同で祀る神道の神)である三重県の「伊勢神宮」、お参りしたことがある方も多いのではないでしょうか。

現在では身近な伊勢神宮も、かつては天皇の許可なく参拝することは許されていませんでした。

しかし、時代の流れと共に一般の寺社参詣の影響を受け、伊勢神宮はしだいに民衆の信仰の対象となっていきました。その後、中世から近世にかけて「一生に一度はお伊勢さん」といわれるほどお伊勢参りは盛んになっていきます。

お参りの道中、たとえ着の身着のままであっても沿道の人々の力添えによって、お伊勢参りをすることができたことから「おかげさまで参拝できました」という意味で「おかげ参り」ともいわれるようになったようです。

おかげ参りに関係するものの一つに「おかげ犬」があります。ここからは、「おかげ犬」についてご紹介します。

伊勢神宮へ主人の代わりにお参りした犬

おかげ犬とは江戸時代、病気やその他何らかの理由でおかげ参りをすることができない主人に代わりお参りした(代参)犬のことをいいます。

主人は、誰が見ても代参だと分かるように犬の首に道中で必要な旅費や、おかげ参りをすることを記したメモをしめ縄でくくり着けて犬を送り出したといわれています。

近所でおかげ参りに行く人に犬を託すのが一般的なようでしたが、驚いたことに、自宅と伊勢神宮を犬だけで行き帰りしたというケースもあったようです。

おかげ犬で得られるご利益

おかげ犬は、伊勢神宮に着くと神官から竹筒に入った神札や奉納金の受領書をもらい持ち帰りました。

当時、人間ですら困難を伴うおかげ参りの旅であったのにもかかわらず、犬が主人に代わって無事に神札を持ち帰ってくることは、信仰心の厚い江戸時代の人にとって「この上ない」というくらいありがたいご利益だったことでしょう。

お札や受領書以外に、犬が道中で食べた物の代金などを記した帳面なども共に持ち帰ったと伝わっています。

おかげ犬のお世話をした人も功徳が積めた

犬が主人に代わっておかげ参りをするという、にわかに信じがたいようなことができたのには理由がありました。

江戸時代の人々は信仰心の厚さから、食べ物を与えたり寝床を用意したりと、おかげ犬のサポートをすることで自分自身も徳が積めると信じていました。また、おかげ犬を丁重に扱わなかった人間には、神罰が下ると信じる文化も背景にありました。

江戸時代の人々は、犬のお世話をした分だけ犬の持っているお金を少しわけてもらったり、逆にお金を足すことも。中には、自分の代参をおかげ犬に託す人もいたようです。

江戸時代の人々の信仰心と温かい心、そしておかげ犬を粗末に扱うと神罰が下ると信じる文化が根底にあったからこそ、おかげ犬という存在が生まれたのでしょう。

おかげ犬の歴史

2匹の柴犬

現在のように交通機関が発達していなかった江戸時代のおかげ参りは、庶民にとって憧れの的でした。

江戸から伊勢までは人間の足で片道15日ほどかかったにも関わらず、最盛期には6人に1人が参拝したというほど人気があったといわれています。

ここで、おかげ犬が登場した歴史的背景を振り返ってみましょう。

江戸時代のおかげ参りブームの中で誕生

中世以降、一般庶民に参拝が許されるようになった伊勢神宮。江戸時代に入ると日本全国から人々が集団(講)で参詣するようになりました。

五街道など交通網の発達で、以前より簡単に旅行ができるようになったことや、厳しい移動制限を受けていた農民にも、おかげ参りだけは許されていたこと、また、経済的に余裕の無い人でも信心の旅ということで、道中で施しを受けながら旅ができたこと、「抜け参り」が許されていたことなどが伊勢神宮に多くの人が参詣できた要因です。

「抜け参り」とは、親や家族、主人に無断でおかげ参りをすることです。伊勢神宮に祀られている天照大神が商売繁盛の守り神であることから、子供や奉公人がおかげ参りをしたいといえば、親や主人はそれを止めてはいけない規則になっていました。

黙ってお参りに出かけても、お札やお守りを参詣した証拠として持ち帰れば、罰を受けることはありませんでした。これらの要因が重なったことから、江戸時代には60年に1度、計3回の爆発的なおかげ参りブームが起こったと伝わっています。

誰でもお参りすることができた時代でも、老人や病人など何らかの理由でおかげ参りができない人々もまた大勢いたようで、そんな人々に代わりに代参したおかげ犬の逸話は日本各地に残されているのです。

おかげ犬の姿は浮世絵にも描かれている

伊勢神宮に関する文献には、おかげ犬のことが記されており、さらに当時の様子を描いた浮世絵にもおかげ犬が登場しています。

有名な浮世絵の作者、歌川広重(安藤広重)の作品「東海道五十三次」シリーズの中の「四日市」や、「伊勢参宮宮川の渡し」には、ご利益を求めておかげ参りをする人々に交じって、旅をするおかげ犬の姿がはっきりと描かれています。

これらのことからも、おかげ犬が実在していたことが分かります。

3.明治以降の交通網の発達によりおかげ犬文化は途絶えた

明治維新以降、交通網の発達により人々が歩いておかげ参りをすることはなくなっていきます。

また、新しく設けられた「畜産規則」により、それまで自由に往来を許されていた犬たちも、飼い主がいない場合は駆除されることに。

それらさまざまな事情により、江戸時代から長く続いたおかげ犬の歴史も、時代の流れと共に終わりを迎えることとなりました。

おかげ犬の有名な実話

3匹の紀州犬

「犬が人に代わっておかげ参りをする」という逸話は各地に残されています。

とはいえ、代参した犬の名前や主人の名前がはっきりと残されているケースは珍しく、おかげ犬に関する犬塚や石碑の数は全国でも少ないようです。

おかげ犬の逸話の中から、幾つかをご紹介しましょう。

おかげ犬のイメージとして定着した「シロ」

現在の福島県須賀川市宮先町に、代々庄屋を務める市原家という旧家がありました。市原家には、シロという名の純白の秋田犬がいました。シロは人間の言葉を理解し、主人のお使いや届け物をする村でも評判のとても利口な犬でした。

市原家の当主は、毎年執り行われる伊勢神宮内宮(皇大神宮)の「春の神楽祭」に参拝するのが代々の慣わしとなっていましたが、市原綱稠(いちはらつなしげ)の代に、病気で参拝できない主人に代わり愛犬のシロが代参することになりました。

旅の旅費、伊勢までの地図、メッセージの書かれた紙を入れた袋を首に着け、シロはおかげ参りに出発したのでした。

メッセージには「この犬は、福島県須賀川のシロです。人間の言葉が理解できますので、伊勢までの道を教えてやってください。よろしくお願いいたします」と書かれていたそうです。

シロを送り出してから、市原家では朝な夕なにシロの無事を祈って神棚に手を合わせていました。

出発してから2ヵ月が経った頃、内宮で授かった神札と金銭奉納の受領書、道中での収支を記した紙、残った旅費が入った袋を首から下げたシロが無事に戻ってきました。

この話はまたたく間に村中に広まり、その後シロは「忠犬」「名犬」として大切にされたそうです。

おかげ参りから3年後、シロは亡くなり、地元・須賀川にある市原家の菩提寺・十念寺に葬られました。十念寺に建てられたシロのお墓(犬塚)には、現在でも多くの人が手を合わせています。

これは、文化・文政年間(1804年~1831年)頃の話しですが、当時、沿道の人々は代参する犬のために水や餌を与え軒先で休ませたり、旅費の小銭が増えてくると両替して軽くするなどのサポートをしたようです。

さらに、奉行がわざわざ犬の首に次の宿場宛の申し送り状を着けたというエピエードまでが残されています。当時、「白い毛の動物は神の化身で人に近い」という伝承があったこともシロの身を守る助けになったのでしょう。

徳島から海を渡ってお参りした「おさん」

おかげ参りの地元である伊勢にも、おかげ犬の話が残されています。四国の阿波国(現在の徳島県)に、呉服屋に飼われているおさんという犬がいました。

おさんは、当時大流行していた抜け参りをする子供たちに交じって旅立ったものの、途中で子供たちとはぐれてひとりぼっちになってしまいます。

しかし、奇跡的に「へんば餅」(現在の本店・伊勢市小俣町)のお店にたどり着きます。偶然、疲れ果てたおさんを見つけたへんば餅店の主人は、自宅へ招き入れて寝床と餌を用意したと伝わります。

翌朝、へんば餅店の主人に送り出されたおさんは、宮川を泳いで渡り、皇大神宮(内宮)に無事にたどり着くことができました。

その後、おさんの姿を見て感動した人々が「この犬は、お伊勢さんに参詣済み」という布を首に巻き付けてあげたことで、おさんは帰りの道中、沿道の人々からのサポートを受けることができ、数十日かけて阿波国に無事に帰り着くことができました。

おさんを迎えた主人は、当然のことながらたいへん驚きました。そして、おさんを無事に帰してくれた伊勢の神様に心から感謝し、その後、自らもお礼参りに出かけたといわれています。

おさんの犬種は定かではありませんが、一説には紀州犬であったといわれています。

現在も愛されるおかげ犬文化の名残り

おかげ横丁ちょうちん

おかげ犬は、時代と共にその姿を消し、おかげげ犬そのものを見ることは残念ながらできませんが、おかげ犬の名残に触れることはできます。

おかげ参りの地元である伊勢では、形を変えさまざまな姿となっておかげ犬が生きています。ここからは、おかげ犬に触れることができるさまざまなものをご紹介します。

1.愛犬も参加できるおかげ犬体験

多くの土産物屋が軒を並べる「おかげ横丁」では、地産のしめ縄と松坂木綿の巾着を愛犬の首に着け、おかげ犬体験ができるサービスが用意されています。

愛犬と飼い主さんが、おかげ犬気分を味わうことができるうえに、おかげ(ご利益)というよりは、さまざまなサービスを受けられる「お徳(得)」で楽しい企画です。

愛犬と一緒に体験できる上、お得とあればこんなにうれしいことはありませんね。

おかげ犬サブレやおみくじは今も人気のお土産グッズ

おかげ横丁には、おかげ犬関連のさまざまなグッズやお土産が手に入るお店がたくさんあります。「おかげ犬サブレ」、「ぬいぐるみ」、「がま口」、「本手ぬぐい」、「お守り木札」など種類も豊富です。

このように、おかげ犬はお土産のお守りやストラップ、キーホルダーなどのモチーフとなって人々に称えられると共に、現在もなお伊勢の地に生きているのです。

まとめ

秋田犬

人間に代わって伊勢神宮に参拝する犬「おかげ犬」はいかがでしたか? 江戸時代にこんなに賢い犬たちが存在していたことに驚かれたのではないでしょうか。

おかげ犬の忠犬ぶりもさることながら、おかげ犬をサポートした江戸時代の人々の思いやりや慈しみの心にも、何か心温まるものを感じたことでしょう。

主人に代わって代参したけなげなおかげ犬の存在と、江戸時代の人々の優しい心、時代や環境が変わった現代もこの先も忘れないようにしたいものですね。

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