犬のお腹が張る主な原因
犬のお腹がいつもより膨らんでいる、または硬く張っている状態は、飼い主にとって心配なサインです。その原因は日常的なものから、緊急を要する病気まで多岐にわたります。まずは、考えられる主な原因について解説します。
食べ過ぎ・早食いによるガスの発生
一度に大量のフードを食べたり、勢いよく早食いしたりすると、食事と一緒に空気を大量に飲み込んでしまうことがあります。これを「呑気症(どんきしょう)」と呼びます。
飲み込まれた空気や、消化の過程で発生したガスが消化管内に溜まることで、お腹が一時的に張ることがあります。特に食後にお腹が膨らみ、しばらくすると元に戻る場合はこのケースが考えられます。
便秘や消化不良
腸の動きが悪い、水分不足、あるいはフードが体に合っていないなどの理由で便秘になると、腸内に便やガスが溜まり、お腹が張る原因となります。
また、消化しにくいものを食べたり、加齢によって消化機能が低下したりすると消化不良を起こし、異常発酵したガスでお腹が張ることもあります。
肥満と体脂肪の蓄積
病気ではなく、単純に体重が増えてお腹周りに体脂肪が蓄積し、お腹が張っているように見えるケースです。この場合、お腹全体が柔らかい脂肪でたるんでいることが多く、触っても硬さや痛みは感じにくいのが特徴です。肥満は関節や心臓にも負担をかけるため、注意が必要です。
妊娠・ホルモン変化
避妊手術をしていないメスの場合、妊娠によってお腹が大きくなります。交配の心当たりがあれば、妊娠の可能性を考慮すべきです。
また、発情期の後に見られる「想像妊娠(偽妊娠)」では、妊娠していなくてもホルモンの影響で乳腺が張ったり、お腹が膨らんだりといった身体的な変化が見られることがあります。
筋力低下と下垂
シニア犬になると、加齢により腹筋などの筋力が低下します。すると、内臓を支える力が弱まり、お腹全体がぽっこりと垂れ下がったように見えることがあります。これは「下垂(かすい)」と呼ばれ、ゆっくりと進行するのが特徴です。
特定の病気の症状
これまで挙げた原因以外に、お腹の張りが何らかの病気のサインである可能性も考えられます。腹腔内に液体や膿が溜まる、臓器が腫れる、腫瘍ができるといった病的な状態が、お腹の張りを引き起こしているケースは少なくありません。これらの場合は緊急性が高いことも多いため、特に注意が必要です。
犬のお腹が張るのは病気のサイン?危険な疾患リスト
お腹の張りが、元気や食欲の低下、嘔吐、苦しそうな呼吸など、他の症状を伴う場合は、命に関わる危険な病気の可能性があります。ここでは、緊急性の高い代表的な疾患を解説します。
胃拡張・胃捻転
胃がガスや食物で異常に膨らみ(胃拡張)、さらにはねじれてしまう(胃捻転)状態です。胃の入口と出口が塞がれるため、ガスが排出できず、お腹は風船のようにパンパンに張ります。血流が遮断され、短時間でショック状態に陥る極めて緊急性の高い病気です。
特にゴールデン・レトリバーやグレート・デンのような胸の深い大型犬に多く見られますが、ダクスフンドや柴犬、トイ・プードルなどの小型〜中型犬でも発症します。
腹水・臓器肥大などの内部疾患
心臓病、肝臓病、腎臓病、あるいは重度の栄養失調などによって、お腹の中に「腹水(ふくすい)」と呼ばれる液体が溜まることがあります。腹水が溜まると、お腹は全体的に膨らみ、まるで水風船のような感触になります。
また、病気によって肝臓や脾臓などの内臓が腫れる「臓器肥大」も、お腹の張りの原因となります。
腸閉塞
おもちゃや布、骨などの異物を誤飲することで、腸が詰まってしまう状態を「腸閉塞(ちょうへいそく)」と呼びます。食べ物や消化液、ガスが流れなくなるため、お腹が張り、激しい嘔吐や腹痛を伴います。
腸が壊死(えし)してしまう危険もあり、緊急手術が必要となることが多い疾患です。
腫瘍・がん
お腹の中に腫瘍(しゅよう)、つまり「できもの」ができると、それが大きくなるにつれてお腹を内側から圧迫し、張りの原因となります。
特に、血管肉腫やリンパ腫などのがんは進行が速いものもあり、腫瘍が破裂すると大量出血を起こし、命に関わる危険な状態になります。高齢の犬で徐々にお腹が張ってきた場合は注意が必要です。
子宮蓄膿症
避妊手術をしていないメス犬に起こる、子宮内に細菌が感染して膿が溜まる病気です。膿が溜まることでお腹が大きく張り、多飲多尿(水をたくさん飲み、おしっこをたくさんする)、食欲不振、発熱などの症状が見られます。
子宮が破裂して腹膜炎を起こすと死に至る可能性が高いため、緊急の対応が求められます。
犬のお腹が張ったときの緊急度判定と対処法
愛犬のお腹が張っていることに気づいたら、飼い主は冷静に状態を観察し、適切に対応することが重要です。ここでは、家庭での対応と動物病院へ行くべき判断基準について解説します。
自宅でできる初期対応と観察ポイント
まずは慌てずに、愛犬の全身状態を確認しましょう。緊急性を判断するために、以下の点を注意深く観察してください。
元気や食欲の状態
お腹は張っているものの、普段通りに元気で食欲もあり、散歩にも行きたがるようであれば、緊急性は比較的低いと考えられます。食べ過ぎや一時的なガスの発生の可能性があります。
お腹の張り具合と痛み
お腹を優しく触ってみて、張り具合を確認します。パンパンに硬く、触られるのを極端に嫌がったり、痛がって鳴いたりする場合は危険なサインです。逆に、少し膨らんでいる程度で柔らかく、触っても特に反応がない場合は様子を見ることができるかもしれません。
呼吸の状態
「ハッハッ」と速く浅い呼吸を繰り返している、あるいは息苦しそうにしている場合は、強い痛みや循環不全を起こしている可能性があります。これは緊急事態と考えられます。
その他の症状
嘔吐を繰り返している、吐こうとしても何も出ない、よだれが多い、ぐったりして動かない、歯茎の色が白や紫色になっているなどの症状が見られる場合は、重篤な病気が隠れている可能性が非常に高いです。
動物病院へ行くべきタイミングと判断基準
少しでも以下の項目に当てはまる場合は、様子を見ずに、すぐに動物病院へ連絡し、指示を仰いでください。夜間や休日であっても、救急対応が可能な病院を探して受診することが不可欠です。
緊急性が非常に高いサイン
- お腹が急激にパンパンに張り、硬くなっている
- 吐こうとするが、胃液や泡ばかりで何も吐けない
- ぐったりして起き上がれない、意識が朦朧としている
- 呼吸が明らかに速く、苦しそうにしている
- 歯茎や舌の色が白い、または青紫色になっている
緊急性が高いと考えられるサイン
- 繰り返し嘔吐や下痢をしている
- お腹を痛がり、触られるのを嫌がる
- 食欲がなく、水を飲まない
- 元気がなく、うずくまっている
- 避妊手術をしていないメスで、陰部から膿が出ている
獣医師に伝えるべき情報
動物病院を受診する際は、正確な情報を伝えることで、迅速かつ的確な診断につながります。以下の情報を整理しておくとスムーズです。
症状についての情報
いつからお腹が張り始めたか、急になのか徐々になのか、他にどんな症状(嘔吐、下痢、食欲不振など)があるかを具体的に伝えます。
食事や排泄についての情報
最後に何を食べたか、食べた量、便や尿は出ているか、いつもと違うものを食べていないかなどを伝えます。異物を誤飲した可能性がある場合は、その旨も必ず伝えましょう。
全般的な情報
年齢、犬種、性別(避妊・去勢の有無)、過去の病歴や現在治療中の病気、服用中の薬などの情報も重要です。
犬のお腹の張りを防ぐ予防法とケア
病気の早期発見・早期治療が最も重要ですが、日頃のケアによって予防できるお腹の張りもあります。愛犬の健康な毎日のために、家庭でできる予防法をご紹介します。
食事回数の見直し
食べ過ぎや早食いによるガスの発生を予防するには、食事の与え方を工夫しましょう。1日の食事量を2〜4回に分けて与えることで、一度に胃腸にかかる負担を軽減できます。特に早食いの癖がある犬には、ゆっくり食べさせる工夫が効果的です。
消化にやさしいフードへの切り替え
現在のフードが愛犬の体質に合っていない場合、消化不良や便秘を引き起こすことがあります。
消化性の高い原材料を使用したフードや、腸内環境を整えるプレバイオティクス(食物繊維など)やプロバイオティクス(善玉菌)を含むフードへの切り替えを検討するのも良いでしょう。フードを選ぶ際は、かかりつけの獣医師に相談することをおすすめします。
早食い防止グッズの活用
市販されている早食い防止用の食器は、内部に凹凸があることで一度にたくさんの量を口に入れることができなくなり、食べるスピードが自然に遅くなります。
また、フードを隠して探させる「知育トイ」におやつやフードを入れて与えるのも、早食い防止と同時に犬の満足感を高めるのに役立ちます。
まとめ
犬のお腹が張る原因は、食べ過ぎのような日常的なものから、胃捻転や子宮蓄膿症といった一刻を争う病気まで様々です。大切なのは、飼い主がお腹の張り以外の症状を注意深く観察し、その子の状態を正確に把握することです。
元気や食欲があり、他に症状がなければ少し様子を見ることも可能ですが、「ぐったりしている」「吐きたそうにしている」「呼吸が苦しそう」といった危険なサインが見られた場合は、決して自己判断で様子を見ず、直ちに動物病院を受診してください。
日頃から食事管理に気を配り、愛犬の小さな変化に気づけるよう、毎日のコミュニケーションを大切にすることが、愛犬の健康を守るための第一歩となります。