薩摩犬(さつまいぬ)|西郷隆盛が愛した幻の日本犬の特徴・歴史・絶滅理由を解説

薩摩犬(さつまいぬ)|西郷隆盛が愛した幻の日本犬の特徴・歴史・絶滅理由を解説

薩摩犬は、鹿児島県の薩摩地方でイノシシ猟などに用いられていた中型の地犬・猟犬です。西郷隆盛の愛犬ツンとの関わりや特徴、絶滅に至った背景、薩摩ビーグルとの違い、保存活動の歴史まで分かりやすく解説します。

薩摩犬とはどんな犬?

屋外で座っている犬のシルエット

  • 犬種名:薩摩犬(さつまいぬ)
  • 原産地:鹿児島県の薩摩地方
  • 分類:中型の地犬・猟犬
  • 役割:イノシシ猟などの狩猟
  • 性格:勇敢で警戒心が強く、飼い主には忠実とされる
  • 外見:立ち耳、引き締まった体つき、差し尾や巻き尾が特徴
  • 被毛:短めで硬さのある日本犬らしい毛質
  • 毛色:赤、黒胡麻、黒系、虎毛などが伝えられる
  • 状況:純粋な血統として確認することが非常に難しい

薩摩犬(さつまいぬ)とは、鹿児島県の薩摩地方で、かつてイノシシ猟などに用いられていた中型の地犬・猟犬です。

地域の山野で実用犬として飼育されてきた犬で、現在のように家庭犬として広く流通している犬種ではありません。公的な犬種として安定的に確認できる個体もなく、現在では「幻の日本犬」として語られる存在です。

名前から柴犬や薩摩ビーグルと混同されることもありますが、薩摩犬は鹿児島の在来犬として伝えられてきた猟犬です。

柴犬は現在も飼育されている公認犬種であり、薩摩ビーグルは薩摩犬などの地犬に英系ビーグルなどの血を取り入れて作られた別系統の猟犬とされています。

そのため、薩摩犬を理解する際は、現在ペットとして迎えられる犬種ではなく、鹿児島の狩猟文化と深く結びついた地域犬として捉えることが大切です。

薩摩犬の歴史

上野の西郷隆盛像と薩摩犬とされている犬の像

薩摩犬は、鹿児島県の薩摩地方で古くから猟犬として飼育されてきたと伝えられています。山深い地域でイノシシなどを相手にするため、地元の猟師にとって頼れる存在だったとされています。

この犬を語るうえでよく知られているのが、西郷隆盛との関わりです。西郷隆盛は犬好きとして知られ、生涯で多くの犬を飼っていたとされます。その中でも、薩摩犬の「ツン」は特に有名です。

東京・上野恩賜公園の西郷隆盛像のそばには、猟犬が寄り添う姿が見られます。この犬はツンを連想させる存在として広く知られていますが、実際の制作モデルは仁礼景範の愛犬「サワ」とされています。

それでも、西郷隆盛と犬の結びつきを象徴する像として、多くの人に薩摩犬の存在を伝えるきっかけになってきました。

薩摩犬は、単なる珍しい犬ではなく、鹿児島の歴史や狩猟文化、西郷隆盛の人物像とも関わりながら記憶されてきた犬といえます。

薩摩犬が絶滅した理由

薄暗い路上で座っている犬のシルエット

薩摩犬は、現在では純粋な血統として確認することが非常に難しい犬とされています。その背景には、複数の要因が重なっています。

大きな理由のひとつは、明治以降に海外から入ってきた洋犬や他犬種との交雑が進んだことです。もともと限られた地域で飼育されていた地犬だったため、頭数が減ると血統を維持することが難しくなりました。

また、時代の変化によって狩猟のあり方や生活環境が変わり、薩摩犬のような実用猟犬が必要とされる場面も少なくなっていきました。戦中・戦後の混乱や飼育環境の悪化も、在来犬の減少に影響したと考えられます。

その後、薩摩犬を残そうとする動きもありましたが、純粋な特徴を持つ個体の数は限られていました。現在、薩摩犬の血統が完全に途絶えたのか、わずかに受け継がれているのかを断定することは困難です。

ただし、少なくとも現代において、純粋な薩摩犬として公的に確認できる個体を一般の飼い主が迎えることは極めて難しい状況です。

薩摩犬保存会とは?

薩摩犬の血統が残っていたとされる下甑島の武家屋敷通り

薩摩犬保存会とは、数が少なくなった薩摩犬の血筋を守るため、1989年に設立された保存団体です。

保存会では、薩摩犬らしい特徴を持つ個体を探し、血統を確認しながら繁殖につなげる活動が行われていました。1990年代には血統書の発行や個体の登録も進められ、一時は保存に向けた動きが見られたとされています。

しかし、もともと確認できる個体数が少なく、交雑の影響を避けながら安定して繁殖を続けることは簡単ではありませんでした。飼育や繁殖に必要な環境、人手、資金の確保も大きな課題だったと考えられます。

そのため、薩摩犬保存会の活動は長く継続せず、現在は純粋な薩摩犬として公的に確認できる個体を見つけることが非常に難しい状況です。

インターネット上では薩摩犬の子犬やブリーダー、価格を探す人もいますが、純粋な薩摩犬として確認できる一般向けの販売ルートは見当たりません。

薩摩犬は、現在ペットとして新しく迎える犬ではなく、鹿児島の在来犬を後世に伝える存在として語られています。

薩摩犬の性格

夕日をバックに飼い主にお手をしている犬のシルエット

薩摩犬は、イノシシ猟などで活躍していた猟犬として、勇敢で粘り強い気質を持っていたと伝えられています。山の中で獲物に向き合うため、強い警戒心や判断力も求められる犬でした。

獲物を追う場面では大胆で気迫のある行動を見せたとされ、その性質から「荒々しい犬」という印象を持たれることもあります。ただし、常に攻撃的だったという意味ではありません。

信頼した飼い主に対しては従順で、普段は落ち着いた面もあったとされています。猟犬としての鋭さと、家族や主人に対する忠実さを併せ持っていた点が、薩摩犬らしい性格の特徴といえるでしょう。

一方で、もともと実用的な狩猟のために飼育されていた犬であるため、誰にでも扱いやすい家庭犬とは性質が異なります。

仮に現代で飼育する場合を考えるなら、強い猟欲や警戒心を理解し、十分なしつけと管理が必要な犬だったと考えられます。

薩摩犬の特徴

日本犬の立ち姿のシルエット

薩摩犬は、日本犬らしい素朴で力強い外見を持つ犬だったと伝えられています。三角形の立ち耳、引き締まった体つき、背中側へ立つ尾や巻き尾などが特徴として挙げられます。

現存する犬種のように詳しい犬種標準が残されているわけではないため、体高や体重、被毛の細かな違いを厳密に断定することはできません。

ただし、猟犬として山野を動き回るために、俊敏さとたくましさを兼ね備えた体つきだったと考えられます。

薩摩犬の大きさ

薩摩犬は、中型犬に分類される大きさだったとされています。山林でイノシシなどを追う猟犬として使われていたため、大きすぎず小さすぎない、動きやすい体格が求められていました。

具体的な平均体高や体重については、現在の犬種のように明確な基準が確認しにくい状況です。そのため、「柴犬より大きい」「紀州犬や四国犬に近い」といった説明はあくまで目安として捉える必要があります。

全体としては、細身で華奢な犬というよりも、筋肉が締まり、足腰の強さを感じさせる実用的な体つきだったと考えられます。

薩摩犬の被毛タイプ

薩摩犬の被毛は、日本の気候や山での猟に適した、短めで硬さのある毛質だったとされています。藪や草木の中を進むことも多かったため、体を守る丈夫な被毛が役立っていたと考えられます。

毛並みは、ビーグルのように滑らかで体に密着した洋犬らしい短毛というより、日本犬に見られる素朴で張りのある質感に近かったとされます。

一方で、下毛の量や換毛の詳しい時期などについては、はっきりした記録が多くありません。現在の犬種のように、手入れ方法や毛質を細かく分類することは難しい犬です。

薩摩犬の毛色の種類

薩摩犬の毛色には、赤、黒胡麻、黒地に茶色が入るものなどがあったと伝えられています。西郷隆盛の愛犬として知られるツンは、虎毛の雌犬だったと紹介されることもあります。

日本犬らしい落ち着いた色合いが中心だったと考えられますが、毛色の種類を現代の犬種標準のように明確に整理することは困難です。

白い犬を連想させる名前の個体も知られていますが、それらが純粋な薩摩犬だったのか、交雑犬だったのかを断定することはできません。そのため、白を薩摩犬の代表的な毛色として扱う場合は注意が必要です。

まとめ

薩摩犬の血統がいたとされる薩摩川内市の山中

薩摩犬は、鹿児島県の薩摩地方でイノシシ猟などに用いられていた中型の地犬・猟犬です。

西郷隆盛の愛犬ツンを通じて知られるようになり、立ち耳や引き締まった体つき、猟犬らしい勇敢さと飼い主への忠実さを備えていたと伝えられています。

しかし、明治以降の他犬種との交雑や狩猟文化の変化により、純粋な血統を保つことは難しくなりました。保存活動も行われましたが、現在は公的に確認できる個体が非常に少なく、一般の家庭が新しく迎える犬ではありません。

薩摩犬は、鹿児島の歴史と日本の狩猟文化を伝える幻の犬として理解したい存在です。

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