犬のものもらいとは
犬の「ものもらい」は、医学的にはマイボーム腺と呼ばれるまぶたの縁にある皮脂腺が、細菌感染や分泌物の詰まりによって炎症を起こす疾患です。
私たち人間のものもらいは主にまつげの根元やまぶたの毛包に細菌が感染して起きるものが一般的ですが、犬の場合はマイボーム腺自体が炎症の主な原因となるケースが多く、異なる注意点が必要となります。
マイボーム腺は涙の表面に油膜を作り、涙の蒸発を抑える重要な役割を果たしているため、この部分にトラブルが生じると眼球全体の健康にも影響を与えます。
犬と人間の「ものもらい」の違い
人間の場合、まつげの根元に細菌が感染する「外麦粒腫」が一般的ですが、犬のものもらいは、マイボーム腺に感染や詰まりが起こる「内麦粒腫(ないばくりゅうしゅ)」や「霰粒腫(さんりゅうしゅ)」、さらに加齢によって生じる「マイボーム腺腫」など、犬特有のタイプが主となります。
そのため、犬の場合は炎症以外にも、マイボーム腺から分泌される油の質や量が疾患の発生に深く関わっています。
犬のものもらいを放置すると起こるリスク
犬がものもらいを患った場合、違和感やかゆみから目の周囲を引っかいたり、床や家具にこすりつけることがあります。
適切な対処が遅れると、角膜に傷がつく「角膜潰瘍(かくまくかいよう)」や、深刻な場合は角膜に穴があく「角膜穿孔(かくまくせんこう)」などの合併症に発展することがあります。このような二次的な問題を防ぐためには、初期段階での適切な対処が必要です。
犬がものもらいになる原因
犬のものもらいの原因は大きく分けて、細菌感染によるもの、分泌物の詰まりによるもの、加齢に伴う腫瘍性のものの3種類に分類されます。それぞれ原因が異なり、治療法や予防法も異なるため、正しい理解が求められます。
細菌感染によるもの(麦粒腫)
皮膚に常在するブドウ球菌などの細菌がマイボーム腺や毛根に感染して炎症を起こすもので、急速に症状が進行することがあります。
犬の免疫力が低下している場合や、シャンプー後など皮膚バリア機能が一時的に低下した際に感染リスクが高まります。また、免疫抑制薬を使用中の犬や高齢犬は特に注意が必要です。
分泌物の詰まりによるもの(霰粒腫)
マイボーム腺から分泌される油分が粘性を増して固まり、分泌腺が詰まることで起こる非感染性の炎症です。加齢や甲状腺機能の低下、ホルモンバランスの乱れ、高脂肪の食生活が関連するとされています。
痛みが比較的少ないため発見が遅れやすいものの、放置すると炎症が慢性化して腫れが大きくなる恐れがあります。
加齢による腫瘍性のもの(マイボーム腺腫)
主にシニア期の犬に多くみられるもので、紫外線への長期間の暴露や細胞分裂エラーの蓄積による細胞の老化が原因となります。
ほとんどは良性腫瘍ですが、一部はまれに悪性化(マイボーム腺癌)することがあり、獣医師による組織検査が推奨されています。腫瘍が肥大すると角膜を傷つけたり、目が十分に閉じられなくなり、眼球への二次的影響を引き起こすことがあります。
犬のものもらいの症状
犬が「ものもらい」を発症した際に現れる症状は、原因によって異なります。早期に異常を発見するためには、まぶたの腫れや目やになど目に見える変化だけでなく、犬の行動や仕草などの些細な変化にも注意が必要です。
麦粒腫の場合
麦粒腫(ばくりゅうしゅ)の症状は比較的短期間で急激に現れます。まぶたの一部が赤く腫れて熱を持ち、触れようとすると痛がったり嫌がったりすることが特徴です。
症状が進むと腫れの中心部に白色や黄色の膿が溜まり、破裂して膿が排出されることもあります。また、目を開けにくそうにしたり、光をまぶしがる様子を見せたりすることがあります。
霰粒腫の場合
霰粒腫(さんりゅうしゅ)は、比較的ゆっくりと進行します。症状の初期では痛みやかゆみがほとんどなく、多くの場合はまぶたの内側に米粒大の硬いしこりができているのを飼い主が偶然発見することが多いです。
初期の段階では犬自身もあまり気にしないことが多いですが、しこりが大きくなってくると異物感が出て、目をこすったり擦り付けたりすることがあります。
マイボーム腺腫の場合
マイボーム腺腫(せんしゅ)は、まぶたの縁にできる小さなイボ状のしこりとして始まり、徐々にサイズが大きくなることが特徴です。
初期はごく小さく目立ちませんが、数か月から数年という時間をかけて徐々に成長します。表面は凹凸があり、進行すると刺激によって出血したり、かさぶたが繰り返し形成されることがあります。
犬自身が直接気にすることは少ないものの、腫瘍が大きくなることで角膜への刺激や眼球への圧迫が起き、二次的な目の問題につながることがあります。
ものもらいができやすい犬の特徴
「ものもらい」はあらゆる犬に起こり得る問題ですが、特に発症しやすい条件や犬種があります。特定の犬種や年齢の犬では、目のトラブルを未然に防ぐためにより一層の注意とケアが必要です。
シニア期の高齢犬
一般的に犬は7歳~8歳ごろからシニア期に入り、この頃から徐々に免疫力が低下し、ものもらいを含む目の病気にかかりやすくなります。
免疫力が低下すると、細菌による感染(麦粒腫)のリスクが増加し、新陳代謝の衰えによってマイボーム腺の分泌物が詰まりやすくなる(霰粒腫)傾向があります。また、高齢化に伴う細胞の老化が腫瘍(マイボーム腺腫)の発生リスクを高めるため、定期的な目のチェックが推奨されています。
皮脂の分泌が多い犬種
犬種によっても、ものもらいになりやすい体質があります。例えば、シーズーやアメリカン・コッカー・スパニエルなどは遺伝的に皮脂の分泌が多く、マイボーム腺の詰まりが起きやすい傾向があります。皮脂が多い犬種では日頃から目の周囲を清潔に保つことが特に重要です。
顔や目の形状に特徴がある短頭種
パグやフレンチ・ブルドッグ、ボストンテリアなど、顔が短く目が大きく突出している短頭種も目のトラブルが多い犬種として知られています。こうした犬種は目の表面が外的刺激を受けやすいだけでなく、鼻の周囲のシワに汚れや細菌が溜まりやすいため、細菌感染を起こしやすく、ものもらいのリスクも高まります。
犬のものもらいの治療法
犬のものもらいを治療するには、まず動物病院で獣医師による適切な診断を受けることが重要です。見た目が似ていても、細菌感染、分泌物の詰まり、腫瘍など原因によって適切な治療法が異なるため、自己判断で市販薬を使用するのは控えることが望ましいとされています。
動物病院での診断方法
動物病院では一般的に、視診・触診の後、特殊な顕微鏡(スリットランプ)による眼の詳細な観察を行います。また、眼圧測定や涙液検査を追加して眼の健康状態を全体的に評価することもあります。
症状の原因を特定するために、細い針で患部から細胞を採取し顕微鏡検査を行うこともあります。このように診断が確定した上で、具体的な治療方針が決定されます。
点眼薬や飲み薬による治療
細菌感染による麦粒腫の場合には抗生物質の点眼薬や内服薬を使用します。また、炎症を抑えるために非ステロイド性またはステロイド性抗炎症薬が用いられることもありますが、細菌感染の疑いがある場合は、抗菌薬と併用し慎重に使用されます。
霰粒腫の場合も初期段階では炎症を鎮める目的で点眼薬が処方されることが一般的です。薬の投与を継続するには、犬が落ち着いているときにご褒美とセットで行うなど、飼い主が工夫をするとストレスを軽減できます。
外科的治療
薬による内科的治療で改善が見られない場合や、生活に支障をきたすようなサイズの霰粒腫やマイボーム腺腫の場合には外科手術が検討されます。
手術は基本的に全身麻酔下で行われることが標準で、霰粒腫の場合は患部を切開して詰まった分泌物を除去し、マイボーム腺腫の場合は腫瘍をV字型に切り取る「楔状切除」という方法が広く行われています。手術後は傷口が治るまで犬が患部を触らないようエリザベスカラーの装着が推奨されます。
治療費用の目安
治療にかかる費用は、治療方法や病院によって差がありますが、一般的な眼科診療の平均費用は、診察と点眼薬などの内科的治療でおおよそ数千円~1万円前後となっています。
手術が必要な場合は術前検査や全身麻酔費用、手術そのものの費用、術後ケアなどを含めると数万円以上になることが一般的であり、事前に動物病院で具体的な費用を確認すると安心です。
犬のものもらい再発予防法
犬のものもらいは、再発しやすい特徴があります。一度トラブルを起こした犬では、毎日のケアや定期的な健康管理を行うことで、再発リスクを大幅に軽減することが可能です。
目の周囲の清潔を保つケア
日常的に目の周りを清潔に保つことが、ものもらいの再発防止には欠かせません。
目やにや涙が出ていることに気づいたら、ぬるま湯で湿らせた柔らかいガーゼなどで目頭から目尻に向けて優しく拭き取ります。アルコールを含まないペット用のアイクリーナーなどを使って、より丁寧にケアすることも効果的です。
特にマイボーム腺が詰まりやすい犬の場合は、ホットタオルを用いて数分間、目の上を温めて油分の排出を促すことも推奨されます。
栄養バランスを考えた食事の工夫
体の内側から目の健康を維持するために、食生活を見直すことも大切です。
オメガ3脂肪酸を多く含む魚油を食事に取り入れることで炎症の抑制やマイボーム腺の分泌物の質を改善することが期待できます。一般的には体重1kgあたり1日約50mgの摂取が推奨されています。
さらに、粘膜の健康維持に効果があるビタミンAや抗酸化作用を持つビタミンC・Eなどをバランスよく摂取することで、眼の健康をサポートできます。
定期的な健康診断
病気を早期に発見し、再発を予防するために、定期的な健康診断は非常に重要です。
特にシニア期に入った犬は半年から年に一度、眼圧検査や涙の量を測定する検査など、目の健康状態を詳しく調べることが推奨されています。症状がない段階から異常を発見することで、適切な治療を迅速に始められ、愛犬の負担を最小限に抑えることができます。
まとめ
犬の「ものもらい」は、主にマイボーム腺が細菌感染や詰まり、腫瘍化することで起こります。原因や症状によって治療法は異なり、獣医師による適切な診断と処置が必要です。
再発防止には、日頃から目の周りを清潔に保ち、食事にオメガ3脂肪酸やビタミンを取り入れるなど、内外両面のケアが重要です。また、高齢犬や短頭種などリスクが高い犬は特に定期的な健康診断を受けることで、早期発見・治療が可能になり、愛犬の目の健康維持につながります。