忠犬ハチ公とは?
忠犬ハチ公、その名前は「ハチ」。亡くなった飼い主の帰りを東京の渋谷駅で約10年間待ち続けたことで知られる雄の秋田犬です。飼い主への揺るぎない忠誠心は多くの人々の心を打ち、新聞報道をきっかけに全国的に有名になりました。
現在では、単なる忠犬の物語にとどまらず、世代を超えて語り継がれる日本の文化的な象徴として、国内外で広く認知されています。渋谷駅前の銅像は、今や東京を代表する待ち合わせスポットの一つとなっています。
忠犬ハチ公の犬種
ハチ公の犬種は「秋田犬(あきたいぬ)」です。
秋田犬は国の天然記念物に指定されている日本犬の一種です。その堂々たる姿と深い愛情で、日本国内はもちろん世界中にファンを持っています。
秋田犬のルーツと歴史
秋田犬の起源は、秋田県でクマなどの大型獣を狩る「秋田マタギ犬」にさかのぼるとされています。江戸時代には、武士の闘争心を高めるための闘犬として飼育され、大型化が進みました。
明治時代以降、他の大型犬種との交配も進み、純粋な秋田犬は減少しましたが、昭和初期に犬種保存の機運が高まり、本来の姿を取り戻すための活動が始まりました。その結果、1931年に日本犬としては初めて国の天然記念物に指定されました。
体格・外見の特徴
秋田犬は、がっしりとした骨格と筋肉質な体を持つ大型犬です。立ち耳、巻き尾といった日本犬特有の外見を持ち、その表情は素朴でありながら威厳に満ちています。
厚く豊かな被毛は二重構造になっており、寒さに強いのが特徴です。体高はオスで67cm前後、メスで61cm前後、平均体重は35~50kg程度が標準とされています。
性格・飼いやすさ
秋田犬の性格は、飼い主に対して非常に忠実で愛情深いことで知られています。普段は落ち着いていて物静かですが、家族に危険が迫ったときには勇敢に立ち向かう番犬としての気質も持ち合わせています。
一方で、警戒心が強く独立した一面もあるため、子犬の頃からの社会化としつけが重要です。誰にでもすぐに懐くタイプではなく、信頼関係を築いた特定の人間に深い愛情を注ぐ傾向があります。
柴犬など類似犬種との比較
日本犬として人気の柴犬と比較されることがよくあります。最も大きな違いは体格で、秋田犬が大型犬であるのに対し、柴犬は小型犬から中型犬に分類されます。外見は似ていますが、秋田犬の方がよりがっしりとした体つきをしています。
性格面では、どちらも飼い主への忠実心が高いですが、秋田犬はよりどっしりと落ち着いた番犬気質が強く、柴犬はより活発で警戒心の強さが際立つことがあります。
年表でたどる忠犬ハチ公の生涯
ハチの短いながらもドラマチックな生涯は、多くの記録に残されています。その足跡を時系列で追いかけます。
1923年11月10日、ハチは秋田県大館市で誕生しました。
翌年の1924年1月、生後間もないハチは東京帝国大学農学部(現在の東京大学農学部)の教授であった上野英三郎博士に引き取られ、東京の渋谷で暮らし始めます。上野博士から深い愛情を注がれ、「ハチ」と名付けられました。しかし、幸せな日々は長くは続きませんでした。
1925年5月21日、上野博士が大学での講義中に脳出血で急逝します。ハチはまだ1歳半ほどでした。上野博士の死後も、ハチは主人の帰りを信じて、毎日渋谷駅の改札口で待ち続けました。雨の日も雪の日も、その姿は変わることがありませんでした。当初は野犬と間違われることもありましたが、事情を知る人々が世話をするようになります。
1932年、朝日新聞に「いとしや老犬物語」としてその姿が掲載されると、ハチの存在は一躍全国に知れ渡り、「忠犬ハチ公」として多くの人々に愛されるようになりました。
1935年3月8日、ハチは渋谷川の稲荷橋近くでその生涯を閉じました。上野博士の死から約10年、最後まで主人の帰りを待ち続けての最期でした。
忠犬ハチ公の銅像はなぜ渋谷に?建立ストーリー
渋谷の象徴ともいえるハチ公像ですが、その建立と再建には人々の熱い想いが込められた物語があります。
生前のハチ公の姿をかたどった初代銅像
ハチ公の物語が新聞で紹介され、多くの人々の心を打つと、その健気な姿を後世に残そうという動きが起こりました。
彫刻家の安藤照(あんどうてる)が制作を担当し、1934年4月21日、ハチ公自身も除幕式に出席する中、渋谷駅前に初代の銅像が建立されました。銅像の建立は、ハチがまだ生きて待ち続けている最中の出来事でした。
戦争で失われた像と再建までの道のり
多くの人々に愛された初代ハチ公像でしたが、第二次世界大戦中の1944年、金属類回収令によって国に供出され、溶かされて機関車の部品などに姿を変えました。戦争という時代の波は、ハチ公の像さえも飲み込んでしまったのです。
しかし、終戦後、ハチ公の物語を忘れてはならないという声が再び高まります。初代像を制作した安藤照の息子である安藤士(あんどうたけし)が父の遺志を継ぎ、1948年8月15日に現在の二代目ハチ公像を再建しました。
渋谷だけじゃない!各地に存在するハチ公像
渋谷の像が最も有名ですが、ハチ公ゆかりの地には他にも銅像が存在します。ハチの故郷である秋田県大館市のJR大館駅前には、渋谷と同じポーズの像が立っています。
また、飼い主であった上野英三郎博士が教鞭をとっていた東京大学農学部には、博士とハチが再会を喜ぶ姿を表現した感動的な像が設置されており、訪れる人々の心を温めています。
忠犬ハチ公の犬種「秋田犬」が世界で人気の理由
忠犬ハチ公の物語と秋田犬の魅力は、国境を越えて世界中の人々を魅了しています。
海外セレブや大統領も愛したエピソード
秋田犬が国際的に知られるきっかけの一つに、社会事業家ヘレン・ケラーのエピソードがあります。1937年に来日した彼女は秋田犬の存在を知り、帰国時に「神風号」と名付けた仔犬を贈られました。これは、アメリカに渡った最初の秋田犬とされています。
近年では、ロシアのプーチン大統領に秋田県から秋田犬「ゆめ」が贈られたことも大きな話題となりました。
海外で「HACHI 約束の犬」としてリメイク
ハチ公の物語が世界的に有名になった最大のきっかけは、2009年に公開されたアメリカ映画『HACHI 約束の犬』です。リチャード・ギアが主演を務め、舞台をアメリカの田舎町に移してハチの物語を描いたこの作品は、世界中で大ヒットを記録しました。
この映画を観て初めてハチ公の物語と秋田犬の存在を知ったという人も少なくありません。映画を通じて、飼い主への「忠誠心(Loyalty)」というハチ公の精神は、文化の違いを超えて世界中の人々の共感を呼びました。
まとめ
忠犬ハチ公の物語は、一匹の秋田犬が示した純粋な愛情と忠誠心の記録です。その姿は、飼い主であった上野博士との深い絆、そしてハチを見守った渋谷の人々の温かさによって支えられていました。
ハチの犬種である秋田犬は、その歴史と忠実な性格から今や世界中で愛されています。渋谷駅前の銅像は、単なる待ち合わせ場所ではなく、時代を超えて人々の心を結びつける物語の語り部として、今日も静かに人々を見守り続けているのです。