犬の認知機能と加齢とそれぞれの個体差の複雑な関係を調査
犬も高齢になると認知機能が低下し、人間と同様の認知機能障害(認知症)が起こることは広く知られています。
犬は人間とほぼ同じ環境で生活しており、老化の過程も人間とよく似ているために、人間の認知機能のモデルとして犬の認知の研究も数多く行われています。
しかしこれまでの研究では、認知機能の変化を単独で研究することが一般的で、それぞれの犬が持つ他の資質が、認知機能とどのように関連し合っているのかについては検討されて来ませんでした。
このたびハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学の動物行動学の研究チームが、加齢が犬の認知機能に及ぼす影響と、それぞれの個体の因子が認知機能にどのように関連しているのかについて調査を行ない、その結果が報告されました。
5年にわたる継続的な認知テストの結果を分析
この研究には、同大学の犬研究のためのファミリードッグプロジェクトに登録されている家庭犬129頭が参加しました。129頭のうち77.5%がシニア犬で、33の異なる犬種(純血種70頭、交雑種59頭)から構成されています。
犬たちは研究のためのテストを受ける前に、課題を完了の妨げになるような感覚障害や身体的な問題がないことが確認されています。
犬たちは、関連学習、記憶力、問題解決能力、社会的認知など犬の認知機能のさまざまな指標を測定するための10種類の認知テストを受けました。
10種類のうち7つのテスト結果を分析することで、犬の認知機能の個体差の根底にある相互的な関連を読み解き、認知機能に影響を及ぼす因子をあぶり出しました。残り3つのテスト結果からは、認知機能に関する個体差が評価されました。
また129頭のうち99頭は同じテストを数年にわたって複数回(2〜7回)受け、加齢が認知機能に及ぼす影響が評価されました。このように時間の経過による変化も調査されたため、この研究は5年にわたって行われたといいます。
さらに、それぞれの犬の飼い主が犬の性格特性についてのアンケートに回答し、テストから導き出された因子と犬の性格との関連も分析されました。
犬もg因子(一般知能因子)を持っているという発見!
上記のようなテスト結果の詳細な分析によって、ひとつの重要な因子が発見されました。それは犬が『g因子(一般知能因子)』として知られる知能の重要な構成要素を持っているということです。
g因子とはすべての知的活動に共通して働く、一般的で基本的な知能因子のことを指します。人間で言えば、g因子のスコアが高い人は、ある知的タスクにおいて好成績を収め、さらに他の知的タスクでも良い成績を出す傾向があると観察されています。
この研究では10種類の認知テストの結果から、「さまざまな認知領域における差異に有意に寄与している因子がある」という分析から、「つまり、これはg因子ではないか」という発見につながったそうです。
犬の認知機能は無関係な機能の集合体ではなく、g因子が知能(認知機能)の中心的な構成要素であるということです。
さらに分析を進めると犬の認知には階層構造があり、特定の認知機能がより広範囲の認知領域につながり、それがg因子に寄与していることがわかりました。
g因子のスコアが高い犬は低い犬に比べて、未知の環境に対して好奇心が強く、新しい物や状況に対して高い関心を示し、新しい課題の学習に優れていました。このような傾向は人間のg因子と関連する特徴と一致しているといいます。
また飼い主のアンケートによる犬の性格との関連では、g因子のスコアが高いほど活動的、トレーニングに積極的、訓練性が高いことが示されました。
この発見は犬の認知機能(記憶、思考、理解、判断など)はそれぞれ独立しているのではなく相互に関連していることを示しています。ある認知機能に秀でた犬は、他の能力も優れている可能性が高いということです。
g因子は加齢とともに低下するのですが、この点も人間と犬で種を超えて共通しています。健康問題もまた加齢とg因子の関係に影響を及ぼしていました。加齢による認知機能の低下は、健康状態の悪い犬ではより顕著になる可能性があります。
この研究結果は、人間と犬の加齢の類似点についての新しい発見を示し、改めて犬が両方の種の加齢の研究モデルとして優れていることを示しました。
さらに犬のg因子が存在する証拠が示されたことは、犬は加齢研究だけでなく、人間の知能の本質や進化について理解するための研究モデルになり得る可能性をも示しています。
まとめ
長期にわたる犬の認知機能の研究から、犬は人間と同様の一般的な知能因子=g因子を持っていることがわかったという結果をご紹介しました。
この研究でわかった犬のg因子は、犬の認知機能を評価するための指標となる可能性があります。その場合「犬種による違いはあるのか?」という疑問が当然生じることになります。
しかし犬種が作られた過程では、認知機能以外の面が多く選択されてきたため、犬種による比較は誤解を招く可能性があります。そのため犬種や個体での比較を行なうためには標準化されたスコアを開発する必要があると研究者は述べています。
この研究によって、犬の認知機能の階層的構造や老化についての理解は大きな進歩をとげました。今後、犬の認知機能の健康増進や医療に役立つことが期待されます。
《参考URL》
https://link.springer.com/article/10.1007/s11357-024-01123-1