路上で暮らす犬の採餌行動を調査
全ての生き物にとって食べることは生きるための最大の関心事です。肉食動物なら獲物を捕まえて食べ、草食動物なら適切な植物を見つけて食べるという採餌行動は最も重要な行動です。
生き物はそれぞれに食べ物を獲得するための戦略を持っており、その行動は必要とする栄養、食べ物の手に入りやすさ、競争の有無など様々な要因に影響されます。
人間の家庭で暮らしている犬ならば食事の時間になるとボウルの側で待ったり、飼い主に軽く吠えたりすることが戦略であるとも言えます。一方で路上で暮らしている犬であれば、どの時間帯にどの辺りに行けばゴミ箱にたくさんの残飯があるのか、いつも食べ物を与えてくれるのは誰なのかを見極めることが戦略の一部になります。
また過去のいくつかの研究により、動物はチャンスがあれば食べ物の選り好みをすることがわかっています。これは多くの飼い主さんがすでに知っていることですね。
しかし路上で暮らす犬は選り好みできる場合もあれば、できない場合もあります。路上の犬たちは食べ物を獲得することに対して、どのような行動を取っているのでしょうか。
過去10年以上にわたってインドの路上で暮らす犬の研究をしているインド科学教育調査研究所を中心とした研究チームが、136頭の犬を対象にして採餌行動を観察するための実験を行い、その結果が報告されました。
犬にとって価値の高い食べ物と低い食べ物で実験
路上で暮らす犬たちは捕食動物というよりも、スカベンジャー(ゴミや残飯などを漁る)の性質が強いものです。犬は家畜化の過程で人間の居住地の近くで暮らすようになり、人間が食べ残したものを食べるというライフスタイルと、炭水化物の多い人間の食べ物に馴れ親しんで来ました。
しかし、ゴミの中に肉と炭水化物があれば優先的に肉を食べます。インドの路上で暮らす犬たちも同様です。しかし過去の調査では、単独で路上生活をしている犬は肉を優先的に食べるが、炭水化物など犬にとって価値の低い食べ物も無視せず食べるという行動を示すことがわかっています。
ではグループで行動する(競争相手がいる)犬は、どのような行動を取るのでしょうか。
研究チームはグループで行動している犬たちの採餌行動を調査するため、コルカタとその周辺都市の犬の生息地で、飲食店、肉や野菜の露天市場、ゴミ捨て場などを含む22ヶ所で実験を行いました。
犬たちが「食べ物の箱」として認識しているゴミ箱の代わりに同じ構造とデザインのプラスチック容器が3つ用意され、他のゴミ箱やゴミ捨て場から集められたゴミを入れました。
これらのゴミは紙コップや段ボール、ポリ袋、枯葉など食べられないものばかりで生ゴミは含まれません。犬たちが見つけるであろう食べ物は、研究チームが用意したものだけが容器に入れられました。
3つの容器にはそれぞれ「タンパク質のみ(鶏肉10枚)」「タンパク質と炭水化物混合(鶏肉5枚パン5枚)」「炭水化物のみ(パン10枚)」がセットされました。
つまり犬にとっての価値が上・中・下で分けられたということです。食べ物は他のゴミと混ぜ合わされて見ただけではわからなくなっています。
これら疑似ゴミ箱に対し、犬たちがニオイを嗅いだかどうか、3つあるうちのどれを最初に嗅いだのか、どの時点でニオイ嗅ぎから実際に食べるという行動に移ったのかなどが観察されました。
路上の犬たちは賢く食べ物を選んでいる
犬たちが疑似ゴミ箱のニオイを嗅ぐ行動、嗅いだ後に食べる行動では、単独で行動している犬とグループで行動している犬たちとで明らかに違っていました。
今回のグループ行動の犬たちの実験では、最初にニオイを嗅いだゴミ箱が炭水化物のみだった場合、タンパク質の入った箱に行き着くまで他の箱のニオイを嗅ぐ行動を継続しました。
最初にタンパク質のみ、またはタンパク質と炭水化物混合の箱に行き着いた場合には、ニオイ嗅ぎを止めて食べ始めました。そして食べ終わった後で再び他の箱のニオイを嗅ぎ始めました。
過去に行われた単独行動の犬の場合には、たとえ最初にタンパク質のみの箱のニオイを嗅いだとしても、残りの箱のニオイもしっかりと嗅いだ上で最も価値の高い箱から食べ、食べた後に再び他の箱のニオイを嗅ぐことはありませんでした。
グループで行動する犬は「良いものを見つけたらまず食べる。他のものを調べるのは食べてから」という採餌行動をしており、これは他の犬という競争相手の存在が影響していることを示しています。
つまり、他のメンバーの存在のために食べ物を得る機会や食べ物そのものを失ってしまう可能性があることを認識しており、最適な栄養(鶏肉のみ)または最適に近い栄養(鶏肉とパン)に出会ったら素早く食べることでエネルギーを確保しつつ、もっと良いものに出会うための情報も得ようとしているということです。
このように犬はゴミ箱に入っている資源の質と量を評価することができ、他のメンバーの存在という要素によって次の行動を決定しています。
単独行動の犬は鶏肉のみの箱から優先的に食べ、グループ行動の犬たちは鶏肉のみと鶏肉とパン混合の箱から同じように食べました。
また炭水化物(パン)のみの箱では一回のニオイ嗅ぎにかける時間が短く、より栄養価値の高いものにより多くの時間を費やすこともわかりました。
しかし犬たちは鶏肉を好んで食べる一方でパンも食べており、嗜好性を保ちながら栄養を最大化しようとしているようです。
まとめ
インドの路上で暮らしている犬たちを対象にして、単独かグループかという異なる社会的条件で、犬の採餌行動がどのように変わったのかという実験の結果をご紹介しました。
実験結果からわかったことは路上の犬たちの採餌行動は、環境への適応度を最大化させるような戦略を採用しているということです。より少ないコストで最大の利益を得られるような行動を選択しているとも言えます。
路上の犬というと「関係ない」と思われる方も多いかもしれませんが、犬という生き物の本質を知るという意味で、彼らの生態を知っておくことは大切だと感じます。
《参考URL》
https://doi.org/10.3389/fevo.2023.1099543