犬は見えなくなった物体を視線で追跡できるだろうか?
狩りをする動物や、敵から逃げる動物にとって、動いている物体が一時的に見えなくなった時に次の動きを予測して追跡することは生きていく上で重要なスキルです。
では私たちにとって最も身近な動物である犬はどうでしょうか?この20年ほどにおいて犬の認知研究は大きく増加し、その多くが視覚刺激を用いたものなのですが、上で挙げたような運動情報の知覚についてはほとんど研究が行われていないそうです。
イタリアのパドヴァ大学の比較生物医学の研究チームが、犬のこのような能力を調査するための実験を行い、その結果が発表されました。
転がるボールのアニメーションで視線追跡の実験
実験は2種類行われました。実験1に参加したのは、同大学のボランティアデータベースに登録している15頭の家庭犬たちでした。
実験の方法は、白い壁にビデオプロジェクターで投影したアニメーションの映像を見せるというものでした。画像の大きさは3メートル×1.5メートルで、犬は飼い主と一緒に2.2メートル離れた位置に座って映像を見ます。
映像は黒い背景に直径40cmのボールが右側、または左側から現れて画面を水平に転がっていきます。画面の中央には目隠しがされており、転がるボールは一時的に姿を消したように見えます。
犬は3パターンのうちのどれかを3回連続して見せられ、3回目のボールが消えた後に犬が自発的に画面から離れるまでを1セッションとしました。25分の休憩を挟んだ後もう一度同じセッションを繰り返しました。
実験2には別の37頭の家庭犬が参加しました。内容は同じなのですが、全ての犬が最初にボールが見えなくなる時間が「最初に転がっていた速度に一致する」映像を2回見せられました。
次に3つのパターンのうちのどれかを1セッション〜25分の休憩〜もう一度同じパターンで1セッションを3日間行いました。2日目と3日目はそれぞれ違う速度のパターンで行われ、実験2に参加した犬たちは3日間を通じて3パターンの全てを経験しました。
セッション中の犬の様子は録画され、視線を動かす時間や反応が観察分析されました。
見えなくなった物体の動きを予測するには経験が必要
実験1で、ボールが一時的に見えなくなった後に最初に転がっていた速度よりも早く、または遅く再出現したパターンを見せられた犬たちが視線を動かす時間を測定したところ、特に驚いた反応は見られませんでした。
これは見えなくなったボールが再出現するタイミングに対する期待や予測が形成されていなかったことを示しています。
しかし再出現したボールに視線を向けるまでの時間は、見えない時間のパターンによって違っており、犬はボールの軌道を視覚的にある程度把握していることも示されました。
実験2では、転がっていた速度よりも遅いタイミングでボールが再出現した時にのみ驚いた反応が見られました。最初に転がる速度に一致したタイミングで再出現するボールを見ていた経験から、犬たちはボールが再び現れるタイミングを予測していたことが伺えます。
この結果から、犬は移動していた物体が見えなくなっても視覚的に追跡する知覚メカニズムを持っているであろうこと、しかし物体の動きを予測するためには、経験が必要であることが示されました。
ボールが転がる速度よりも早く再出現した時には犬の反応がなかったことについては、さらに実験と研究が必要だということです。
まとめ
犬は移動している物体が一時的に見えなくなった時に、その物体の行き先を追跡する知覚メカニズムを持っていると考えられるが、予測のためにはその物体に関する経験が必要であるという実験の結果をご紹介しました。
犬とボール投げ遊びをしていると、確かにあらかじめボールの動きを予想している様子が伺えますし、コングのような変則的な形のものが予想外の動きをすると驚いたり混乱することもあるので、この実験の結果はなるほどと思わせられます。
しかし飼い主の漠然とした経験でなく、複数の犬に一定の条件で同じものを見せて反応を観察すること犬全般ではどうなのかがわかります。このようにして犬が世界をどのように認知しているのかが少しずつ明らかになっていくのは、一般の飼い主としても楽しみですね。
《参考URL》
https://link.springer.com/article/10.1007/s10071-022-01695-5