ケアのためのトレーニングの有無とその影響を調査
ハズバンダリートレーニングという言葉やトレーニングの方法は一般の飼い主さんにもかなり広く知られるようになっています。
ハズバンダリーとは「農業・畜産の」という意味で、元々は体の大きい畜産動物がスムーズに医療行為を受け入れるように考案されたトレーニング方法です。畜産動物だけでなく動物園の大型動物などにも広く応用されています。
本来なら動物が嫌がるような検査や治療を、決して無理強いすることなくトリーツなどを使って動物の協力を得るようにしていく方法です。
このようなトレーニングは、犬が病院の検査を受ける際にも影響を与えるかどうかがオーストリアのウィーン獣医科大学を中心とした研究チームによって調査されました。
なお、この調査研究では『協力的ケアトレーニング』という言葉が使われています。ハズバンダリートレーニングよりも一目で意味がわかりやすい感じがしますね。
病院での模擬検診とトレーニングの内容
調査に参加して実験を完了したのは、SNSなどを通じて募集された40頭の家庭犬とその飼い主でした。犬の年齢は1〜10歳で雑種を含むさまざまな犬種です。
犬と飼い主は無作為に2つのグループに分けられ、一方は医療行為に慣れるための協力的ケアトレーニングを受け、もう一方は協力的ケアトレーニングなしの比較のための対照グループです。以下、2つのグループをケアトレグループと対照グループと表記します。
検診の直前、検診中には獣医師からトリーツが与えられ、全身の触診と聴診器、耳に触れて鼓膜温の測定、瞼を持ち上げて目を見る、くちびるを持ち上げて歯を見る、腹部への軽い圧、肛門での直腸温測定が行われました。
この1回目の検診の後日、ケアトレグループは飼い主と犬がペアで協力的ケアトレーニングのためのトレーナーによるグループレッスンを8〜12回受けました。その後は指導を受けた飼い主が自宅でトリーツを使った報酬ベースのトレーニングを続けました。
トレーニングの内容は、病院での検診に必要な一連の動作です。
- 喉から胸、背中を撫でる
- 顎から耳を触る
- 瞼を軽く持ち上げて目を開かせる
- くちびるを持ち上げる
- 腹部を軽く押さえる
- 尻尾を持ち上げて、肛門に体温計を入れる
対照グループは医療ケアとは関係のないトレーニングを受け、自宅でもそれを続けました。こうして両方のグループが自宅でのトレーニングを続け、4〜5ヶ月後に2回目の検診を受けました。内容は1回目と同じです。
検診中の様子は1回目2回目ともに録画され観察分析されました。検診中、犬がもがいたり唸ったりした場合には中断または中止され、その回数が記録されました。
2つのグループに検診中のストレスの違いは見られたか?
心拍数と心拍変動については、ケアトレグループと対照グループの全ての犬において、病院での診察そのものが大きな恐怖とストレスであることを明確に示していました。
またケアトレグループと対照グループでは、2回目の検診時の鼓膜温に有意な違いが見られました。対照グループでは1回目の鼓膜温は左右の耳でほぼ同じだったのが、2回目には86%の犬で右耳の温度だけが高くなっていました。
ケアトレグループにはこのような変化は見られず、1回目も2回目も左右ほぼ同じ温度でした。これは協力ケアトレーニングの有無が何らかの異なる影響を与えたことを示しています。
対照グループの犬のほとんどは2回目の検診において、ストレスを示す行動が増加していました。しかし意外なことに犬が嫌がることによる検診の中断や中止はケアトレグループの2回目において増加していました。
協力ケアトレーニングを担当したトレーナーおよび飼い主が「トレーニングによって行動が改善した」と評価した犬たちは2回目の検診時の心拍数が減少していました。
このように協力的ケアトレーニングは病院での診察時のストレスに何らかの影響を与えたと考えられ、協力的ケアトレーニングが上手くいったと考えられる犬では特にストレス減少が顕著でした。
しかし、獣医師側から見て診察がし易くなるというような明確な結果は見られませんでした。
今後の課題としては、家庭での飼い主による訓練から病院という全く違う環境にいきなり移行するのではなくもう少し段階的なトレーニングを行うことや、獣医師チームの反応の改善などが考えられます。
まとめ
病院での診察に関連するような体への接触を犬が受け入れられるようにする協力的ケアトレーニングの有無が、診察時のストレスや行動にどのような影響があったのかという調査結果をご紹介しました。
畜産動物や動物園の動物と違って、コンパニオンアニマルの場合はトレーニングを行う場所と診察を受ける場所の環境が全く違うという点が、明確な結果を出しにくい理由だと考えられます。
しかしコツコツと協力的ケアトレーニングを行うことは犬自身のストレスを緩和することが示されていますので、愛犬のために家庭で取り入れない手はないですね。
《参考URL》
https://doi.org/10.1016/j.applanim.2022.105615