犬種の特徴と遺伝的要素はどれくらい関連するのだろうか?
私たちが犬の気質や行動の特徴を考える時、犬種は常に頭に浮かぶ要素です。実際のところ、犬種=遺伝的要素は犬の気質や行動にどのくらいの影響を与えているのでしょうか?
この問題は「犬は氏より育ちか?」というテーマで過去にも数多くの科学者が研究を発表していますが、この度また新しい研究結果が報告されメディアを賑わせています。
この研究は、アメリカのMIT&ハーバード・ブロード研究所の遺伝子研究のチームによって発表されました。遺伝的要素と犬の行動や気質との関連の調査には、一般の家庭犬が参加しました。
同研究所は『ダーウィンズアーク(ダーウィンの方舟)』というデータ収集のためのプロジェクトを運営しています。犬の飼い主なら誰でも登録することができ、アンケート調査やサンプル提供に応じるというものです。
このプロジェクトの参加者から1万8千頭以上の犬の飼い主に対してアンケート調査を行い、回答された犬のうち純血種と雑種2,155頭の犬のDNA配列を決定しました。分析された遺伝子情報と、飼い主が報告した気質や行動特性とはどのくらいの関連があったのでしょうか。
遺伝子は犬の行動に関連するとも言えるし、しないとも言える
遺伝子解析の結果、特定の行動に関連するゲノム上の11の領域が明らかになりました。これらの領域は犬種の行動特性および、それぞれの犬の祖先の機能と一致しています。
ここで言う行動特性とは「遠吠えをよくする」「指示への反応性の高さ」など、現代の犬種が形成される以前の数千年に渡る遺伝子に由来するとしています。これらは犬が人間の生活に深く関わる作業犬で、狩猟、警備、牧畜などの役割のために選択育種されてきた結果と考えられます。
研究者は現代の犬種について、1800年代のビクトリア朝以降に作られた歴史の浅いもので、その選択育種は主に外見の美しさを求めるものとしています。そのため犬の行動特性全体を見渡すと、犬種はそれぞれの個体の行動を予測する価値を提供せず、行動の違いのうち約9%を説明するのみであるとしています。
つまり多くの人が犬種の特徴として認識している気質や行動は、現代の犬種が形成される以前の遺伝子に由来しており、見た目によって選択された現代の犬種の区分ではわずかしか当てはまらないということです。
メディアの反応と一般の飼い主が心に留めておきたいこと
この研究結果を受けて、欧米の各種メディアは「犬種と犬の行動は関係がない!」「犬種のステレオタイプは間違い!」というセンセーショナルな見出しをつけて報道しています。
しかし、この研究は研究者自身が「(約2,000件という)サンプル数が小さすぎるため、さらに研究が必要である」と述べています。前述したように、過去にも「犬の行動や気質は氏(犬種)より育ち(環境)か?」という研究が数多く行われていますが、その多くは「どちらも重要である」という曖昧とも言える結論に至っています。
そのような研究のひとつで2019年に発表された複数の機関の研究者チームによる論文は「犬種特有の行動には、60〜70%が遺伝的要因が関連する」という、今回の研究とは大きく違うものです。
https://wanchan.jp/column/detail/17382
行動と遺伝の関連については今後さらに研究が必要であると考えられますが、私たち一般の飼い主はメディアの大げさな見出しに惑わされるのではなく「犬の行動は犬種だけで決められるものではないが、犬種が作られた背景を考えて適切な環境を与えることもまた重要である」と心に留めておく必要があります。
まとめ
犬種の行動特性と考えられているものは、現代の犬種形成以前の選択育種による遺伝子領域に由来しており、1800年代以降に形成された現代の犬種は見た目によって非常に細かく分化しているため、行動特性との関連性は小さいという研究結果をご紹介しました。
19世紀以降に作られた歴史の浅い犬種では、犬種と犬の行動特性や気質との関連は小さいかもしれませんが、柴犬などプリミティブドッグと呼ばれる古代犬種では犬種と行動特性の関連が大きいことは、この研究での結論とも一致しています。
人類の長い歴史の中で作り上げられて来た『犬種』も、それぞれの生活の中で環境によって作られた個々の犬の性格も、人間に大きな責任のある部分です。犬と暮らす人はいつもそれを意識しておく必要があります。
《参考URL》
https://www.science.org/doi/10.1126/science.abk0639#con1
https://darwinsark.org
https://doi.org/10.1098/rspb.2019.0716