犬舎施設に携わる人々を対象にした調査
警察犬など働く犬の住居、犬の訓練施設、ホテルなどの一時預かり施設、動物保護施設、動物病院など、犬が一時的または長期に渡って生活する犬舎施設にはさまざまな種類があります。
動物の福祉への理解が深まるにつれ、このような施設で暮らす犬の福祉を向上させるための研究も数多く行われてきました。これら従来の研究は「犬に何をすれば(または何をしなければ)良いのか?」という、焦点が「犬」「事象」「施設」に絞られたものです。
例えば、運動やおもちゃなどのエンリッチメント、人間や他の犬との交流、施設の設計などが挙げられます。
一方、施設に関わる人間についての調査研究は今のところほとんどありません。施設の運営者、管理者、経営者などの人々が動物福祉に関してどのような知識や信条を持っているのかは、そこで生活する犬たちの福祉に大きく影響します。
この度オーストラリアのメルボルン大学の動物福祉科学センターの研究者が、さまざまな犬舎施設に携わる人々へのアンケート調査を行い、その結果が報告されました。
アンケート調査の内容
研究チームはSNS、ウェブフォーラムなどを通じて調査参加者を募集しました。参加者には「自分自身は犬を飼っていない」「犬舎施設に携わっているが、犬と一緒に仕事をしたことはない」などの属性の人も含まれています。
こうして2,036人がオンラインアンケート調査に回答し、その結果が分析されました。回答者の居住国はオーストラリア51.4%、イギリス12.9%、アメリカ11.3%、ニュージーランドやカナダなど計9カ国が9.1%、その他5.2%でした。
回答者が携わる犬舎施設の種類は、動物保護施設、ボーディング施設(家庭犬の一時預かり)、動物病院、作業犬居住施設、繁殖施設、保健所、トレーニング施設、グレイハウンドレース施設でした。
調査項目は全部で70設定されていました。うち約半数は水、食料、衛生と言った基本的なことから医療やマッサージなど犬の福祉に関するもので、「非常に重要」から「全く重要でない」までの5段階評価で答えるものでした。
残りの項目は運動、おもちゃ、施設外への散歩、エンリッチメントに関するもので、これらの項目が犬のストレス軽減に有効であるか、反対に作業犬としての能力を低下させるものであるかなどが「強く同意する」から「強く反対する」までの5段階で答えるものでした。
施設の種類、人々の立場によって回答に大きな違い
動物福祉に関する項目では、水、食料、シェルターなどについては大多数が「非常に重要」または「重要」と答え、ついで医療や衛生が「非常に重要」「重要」を集めました。
反対に「全く重要ではない」「重要ではない」という回答が多かったのは「クラシック音楽」「アロマスプレー」「マッサージ」などでした。
エンリッチメントに関する質問では、運動やおもちゃなどのエンリッチメントがストレス軽減に効果があるという項目では「強く同意する」という回答が最も多く、反対にエンリッチメントを控えることが作業犬のパフォーマンスを向上させるという項目では「強く反対する」が最も多い回答でした。
これらは当然とも言える結果ですが、犬舎施設の種類、携わる人の立場によって回答の傾向に違いがあることも明らかになりました。
犬舎施設や立場による違いでは次のようなものがありました。
- 保護施設関係者はボーディング、病院、レース関係者よりも犬舎環境を重視する傾向が強い
- ボーディング関係者は、犬の社会的機会を制限する傾向が他業種よりも有意に強い
- エンリッチメントがパフォーマンスを低下させるという考えを支持する傾向は作業犬、レース兼施設のみの経験者に有意に強い
- 作業犬施設のみの経験者は、犬の福祉が重要であるとする傾向が有意に強い
- 繁殖施設、レース犬、作業犬関係者は、犬舎施設が他の産業に比べて動物福祉が低いという考えに反対する傾向が強い
- 動物看護師は、犬舎が犬の福祉に有害であるという考えに同意する傾向が最も強い
- 業種に関わらず施設オーナーや管理者は、犬舎が福祉に有害であるという考えに同意する傾向が最も低い
- 有給職員はボランティアや犬と関わらない人に比べて、犬の社会的機会を制限することを支持する傾向が強い
- 犬舎での直接の経験がない人は、エンリッチメントがパフォーマンスに悪影響という考えを支持する傾向が強い
まとめ
さまざまな種類の犬舎施設に携わっている人々に、犬舎施設における犬の福祉やエンリッチメントについての考えや信条についてアンケート調査した結果をご紹介しました。
この研究は犬舎施設業界の業種や役割による違いを明らかにした初めてのものです。施設の所有者や、そこで働く人の意識は施設にいる犬たちに大きな影響を与えます。この調査結果は犬の福祉とエンリッチメントに関する従来の研究結果が業種によっては浸透していないことを示していました。
研究者はこの点について、業界関係者とのより有意義で効果的な関係を築くことが必要だと述べています。
《参考URL》
https://doi.org/10.1016/j.applanim.2022.105591