イギリスの子犬のトレーニング方法に関する調査
イギリスのブリストル大学と同国最大の犬保護団体ドッグズトラストが共同で実施している「ジェネレーション・パップ」というプロジェクトがあります。イギリスとアイルランドで16週齢前後の子犬を飼っている人を募集して継続的にアンケート調査に参加してもらい、犬の生涯にわたるデータベースを作るというものです。
https://wanchan.jp/column/detail/11785
そのプロジェクトの調査の1つで、飼い主が子犬に行っているトレーニングの方法に関する調査結果が発表されました。
近年は犬をトレーニングする際に、望ましい行動をした時に褒めたりご褒美のトリーツを与えて行動を強化する「報酬ベースのトレーニング」が主流になりつつあります。反対に体罰や大声で叱責するなどの嫌悪刺激を与えるトレーニングは、弊害が多いという研究結果も多く報告されています。
しかし報酬ベースが増えているとは言え、報酬と嫌悪刺激を併用している例も少なくありません。どのようなトレーニング方法を選んでいるか、その方法を選択する飼い主の要素はどのようなものなのかを明らかにすることが、この調査のテーマでした。
調査プロジェクトに登録した飼い主が選んだトレーニング方法
調査のためのデータはジェネレーションパップのプロジェクトの参加者が登録時に記入した16週齢時点での質問票と、子犬が9ヵ月齢の時点で記入された追跡質問票が使用されました。
16週齢の時点(子犬を飼い始めて間もない時期)で2154人、9ヵ月齢では976人が質問票に回答しました。16週齢時点の質問票には「どのようなトレーニング方法を使うつもりか?」9ヵ月齢時点では「どのようなトレーニング方法を使っているか?」という項目がありました。
トレーニング方法はいくつかの選択肢が挙げられていましたが、大きく分けて「望ましい行動にはトリーツや褒めるなどの報酬、望ましくない行動には何も与えない=報酬ベースの方法」と「望ましくない行動に大声での叱責、軽く叩く、水スプレー、押さえるなどの嫌悪刺激を与える=嫌悪刺激ベースの方法」の2種類に分けられます。
寄せられた回答の中から「報酬ベースの方法だけを使う」と答えた人と「報酬ベースと嫌悪刺激ベースの両方を使う」と答えた人が抽出され、それぞれのグループの特性が分析されました。
飼い主のどのような要素がトレーニング方法に関連している?
トレーニング方法に関する回答と、その他のデータを併せて分析すると、いかに挙げたようないくつかの特徴的な素因が確認されました。
1.犬の出自
保護団体から犬を迎えた人は報酬ベースのみを使う率が高く、反対に個人ブリーダーから犬を迎えた人では報酬と嫌悪刺激の両方を使う率が高くなっていました。これは保護団体では全てのトレーニングは報酬ベースであるべきだという方針を明確にしており、報酬ベースのトレーニングスクールを提供していることが関係していると考えられます。
2.ドッグ競技への参加
アジリティやディスク、ドッグダンスなどの競技への参加をしていたり考えている飼い主は報酬ベースのみの率が高くなっていました。これは競技を通じて最新のトレーニング方法の知識を持っている人が多いことと、嫌悪刺激を使った場合のパフォーマンスへの悪影響を知っているからだと考えられます。
3.子供や先住犬の存在
子供や先住犬のいる家庭の人は報酬ベースのみの率が高くなっていました。過去の経験から嫌悪刺激を使った場合の弊害および嫌悪刺激を使う必要がないと知っているからだと考えられます。
4.犬のトレーニングスクールへの出席
トレーニングスクールに参加したことがないと答えた人では、嫌悪刺激を併用するという回答率が高くなっていました。スクールでは新しい科学的な理論に基づいたトレーニング方法を学べることが関連していると考えられます。
5.飼い主の年齢
飼い主の年齢が55歳以上の場合、報酬と嫌悪刺激を併用すると答えた人は報酬ベースのみの2倍近く多くなっていました。これは昔ながらのトレーニング方法が根強く残っていることを示しています。
6.飼い主の性別
飼い主が男性の場合、報酬と嫌悪刺激を併用すると答えた人が圧倒的に多くなっていました。
これはイギリスとアイルランドでの調査ですが、上記のような傾向は日本でも同様だろうなと思われます。
まとめ
犬へのトレーニング方法で報酬ベースの方法のみを使っている飼い主と、報酬と嫌悪刺激の両方を使っている飼い主のデータを分析し、それぞれに関連する素因を明らかにした調査結果をご紹介しました。
嫌悪刺激を使ったトレーニング方法は犬の福祉を損なうことは言うまでもなく、恐怖から人間への攻撃行動に転じる可能性が高くなり、犬にとっても人間にとっても危険です。
この調査結果はどのような層にアプローチすることが効果的かを知るためにたいへん有効です。報酬ベースのトレーニングがさらに広く知られるための次の報告が楽しみです。
《参考URL》
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S016815912100191X