心を開かない侍
その黒虎の甲斐犬と出会ったのは、私があるボランティア団体で譲渡会スタッフとしてお手伝いをしている時でした。毎回10頭近く会場に里親募集の犬達を連れてくるのですが、その中で真っ黒い独特の雰囲気をまとった子がいました。その子が後に我が家の家族となる『クマ』です。
今まで何頭も見てきたはずなのに、なぜか一瞬で心を奪われてしまいました。言葉で表すならば普通は「黒くて怖い子」が当てはまるかもしれませんが、私は「可愛い!」と思ってしまったのです。実はその前に捨て犬だった甲斐犬ミックスを亡くしていたこともあり、面影を彼に重ねたのかもしれません。
他の犬達が譲渡会に来た人達に色々アピールしている中、クマだけは無愛想に「別に…」という様に大人しく座って遠くを見ていました。そんな彼を見てますますツボにはまり、この子と暮らしてみたいなと段々と思うようになっていきました。
しかしその時はまだ犬を飼える環境になかったのですが、ちょうどマイホームを考えてたのでクマと暮らすことを念頭に土地探しをスタート…!
そしてようやく土地も決まった時点でボランティア団体の方に「実は…」とお話し、クマを迎える事を正式に他のスタッフにも発表することができました。
月日は巡り、家も完成し念願のクマとの暮らしが始まりました!しかしそれは試練の始まりでもあったのです…。
試練の連続…
まず最初はトイレ問題。家庭犬としての経験がないクマは、おしっこをするタイミングも場所も関係無しにしてしまい大変でした。しかも体もそれなりに大きく、23キロもあるので当然おしっこの量も多く…もしやこのままずっとトイレはこんな感じなのだろうか不安が一瞬よぎりましたが、3週間も経つとトイレのタイミングが少しずつ分かる様になり失敗も減っていきました。
トイレ問題よりも苦労したのが、警戒心の強さです。甲斐犬の特有の性質も加わって、とにかく何にでもびっくりしてしまいパニックになってしまいました。施設にいた3年間はたくさんの犬達と暮らしていたので、犬に対して何か困るという事はなかったのですが、人や乗り物に対して警戒心がとても強く改善するのにかなりの時間を要しました。
特に車や自転車などの乗り物にはとても苦労しました。ある日クマと散歩していたら後ろから来た車にパニックを起こしてしまい、そのまま散歩を続けられる状態になくなってしまったのです。しかし家までまだかなりの距離がある…とにかく一度クールダウンをさせなければと、必死でどこか休める場所はないか探してやっとの思いで小さな公園にたどり着きました。
ベンチに座りながらこれからどうやって帰ろうか考えていました。しばらくして落ち着きを取り戻した様子だったので、今のうちに帰るしかないと近所の人にあまり車がこない裏道を聞いてなんとか無事に家に帰る事ができました。
あの時のヒヤッとした感覚は今でも鮮明に覚えています。
人に対してですが、当初は人間をあまり信用する感じもなくあまり興味がありませんでした。
また、感情の起伏も無くいつも仏頂面などで何を考えているか読み取るのが難しく、コミュニケーションをとるのに悩んだ時期もありました。また過去に嫌な思いをしたのか、後ろに人が歩いていると気になってしまい何回も振り返って警戒をしていた程です。この「警戒心」の強さにはかなり手こずりました。
同居犬のゴールデンの影響?!
その警戒心の強さをどの様に解いていったのかといいますと、同居犬のゴールデンレトリーバーの存在でした。
クマを迎えた後、ある偶然が重なって迎えたこなのですが、とにかくそのゴールデンが陽気でフレンドリーなので人にもすぐ寄っていってしまうのです。
ゴールデンがいつも人に撫でられているので、そんな様子を見ていて人間も悪くはないのかな?なんて思ってくれたのか、少しずつクマも撫でもらうことが多くなっていきました。今では人への不信感もほとんどなくなり、気持ちよさそうに撫でられています。
また犬の友達も沢山できその子達と触れ合ううちに、クマ自身気持ちがリラックスするみたいでとても楽しそうにしています。前はおやつを食べる事をしなかったのですが、犬友達が美味しそうに食べているのを見て今では自分も食べたいと催促するまでになりました。
私達家族に対してですが、当初なかなかしっぽを振らず「あぁ、もしかして一生振ってくれることはないのかな…」と覚悟した時もありましたが、今では話かけると嬉しそうにしっぽをフリフリしてくれます。それが本当に可愛くて、とても愛おしいです。
数々の困難を経て…
ここでは書ききれない程、クマとのエピソードは沢山あります。山あり谷ありで、関係を構築するのにかなりの時間がかかりました。クマを一言で表すと「サムライ」です。以前はワガママも言わず、何を考えているのか分からない「無口なサムライ」でしたが現在は「キュートなサムライ」になりました。
保護犬というと大変なイメージがあるかもしれません。正直本当に大変でした。しかしクマと家族になれて幸せです。一緒に試練を乗り超える事で自分の成長にもなりますし、より深い関係になれました。
今もまだ家族を待つ保護犬が沢山います。少しでも保護犬が幸せになる様に願っています!