ある少年院で行われた、犬の持つ力を利用した教育プログラム
「GMaC(ジーマック)」と名付けられた、このプログラムに込められた意味。それは、
"ぼくにチャンスを"
社会の中で様々な理由から非行をはたらき、家庭裁判所から保護処分を言い渡された少年たち。
その少年たちは、全国に52ヶ所ある少年院と呼ばれる施設へと送られます。
その施設のひとつである八街少年院で行われた、犬の持つ力を利用した教育プログラムが「GMaC」です。
このプログラムでは、少年たちが犬の訓練を通じて一つ一つの命の尊さを見つめ直し、犬との信頼関係を築く上で、忍耐力や責任感を養うことを目的としています。
実際に行われる内容は、少年1人と犬1匹がペアとなって、90分間の訓練を週4日、3ヶ月に渡って行うというもの。
このプログラムを指揮するのは、ドッグトレーニングインストラクターの鋒山佐恵さん。
彼女はアメリカの刑務所や更生施設で、動物介在型の矯正教育活動を行った経験を持ち、そんな鋒山さんの協力のもとで、この訓練は行われます。
注目すべきは、「鋒山さんは全体の監督は行うが、彼女が犬に直接指示を出すことはない」という点です。
あくまで、少年達が犬を訓練するのです。
「社会にいた頃の彼らは、他罰的な感情で物事を見る傾向が強いんです。でも、犬に怒ったところで何も進展しませんから、犬の訓練を通じて自分を見つめ直すことの重要性に気付かされるんです。」
これは、GMaCの立ち上げから主導してきた、八街少年院の山下嘉一首席専門官のお言葉です。
「昨年始められたGMaCを修了し出院した4人の生徒は全員、再非行もなく、しっかり社会生活を送っているという報告を受けています。」
実は、少年たちとペアを組むこの犬たちは動物愛護センターに収容されていた保護犬なのです。
このプログラムの名前になっているテーマ、
「ぼくにチャンスを、ということですが、この"ぼく"は参加する少年たちはもちろんですが、訓練を受ける犬たちのことでもあるんです。」
殺処分されるかもしれなかった犬が、少年との訓練を終えることで新しい家族に引き取ってもらえるかもしれない。
GMaCには、鋒山さんはじめ、山下首席専門官や関わるすべての方々の願いが込められているのです。
少年の言葉から感じたこと
犬は、嫌なものは嫌だとはっきりした態度で示します。避けたり、逃げたりしたらいいものを、噛んだり威嚇したりすることでしか気持ちを表現できない犬もいます。
もしかしたら、この少年たちも同じなのかもしれません。避けたり、逃げたり、もっと他の大事なものを知らないだけかもしれません。
我が家に『くるる』(トイプードル)がやってきて、ちょうど1年になります。
犬の持つ力の偉大さに驚かされ、勉強させられる日々を過ごしています。
たった1年ですが、私にとってこのくるると過ごした1年は大切な宝物です。
「GMaCに参加したら、犬たちみんな一生懸命なんですよね。それ見てたら、今までの自分の適当な人生がイヤだなと思ったし、変えたいと思うきっかけになりました。」
私は、この少年の言葉にすべてが詰まっていると思いました。
犬が全身で伝えようとすることを、どうにか受け止め理解しようとするうちに、「私は最近、こんな風に一生懸命誰かに思いを伝えただろうか。」と振り返ることができます。
寄り添い、寝ているときに犬の体温や寝息を感じて「生きているんだなぁ。」と実感することができます。
犬は愛を教えてくれます。
偏見のない優しさを持っています。
こんな私のことを信頼して、待っていてくれます。
それに応えたい、応えなければいけないと思わせてくれます。
「アズキ(ペアを組んだ犬の名前)と出会えたお陰で、今自分が大きな岐路に立っていることに気がつけた。普通の生活、生き方をしてみたいと、心からそう思えるようになりました。」
少年を見つけた途端、しっぽをふりふりしながら、少年に向かって一直線に駆けて行くアズキの姿が目に見えるよう。
きっとアズキだって、センターに収容されて心細かったと思います。
『動物介在型の矯正教育活動』というと、「ん?」と疑問を感じるところもありますが、私はこの八街少年院の新しい改革を素敵だと感じました。
私も心が疲れてしまう日もあります。
そんなときに隣を見ると、くるるが私を見上げていました。
犬は人に寄り添ってくれます。
私たち大人はどうでしょうか。子どもたちの心に、寄り添えているのでしょうか。
GMaC修了後の犬のお話
無事GMaCを修了した一期生の犬たちは、短期ステイ先へと引き継がれました。
少年たちによってしっかりとトレーニングされた犬たちを見て、保護犬だと思う人はまずいないでしょう。
少年たちがどれほど熱心にトレーニングを行ったかは、犬の姿を見てもわかりますが、少年たちが短期ステイ先の家族に宛てた手紙を見ることでもうかがい知れます。
はじめは2、3行だった文章が、最後にはスペースに書ききれないぐらいになっていたそうです。
人の温もりを知った保護犬は、新しい生活へと歩を進めます。
その先は、センターよりも、少年院よりも広い世界なのでしょう!