トラウマとは
昨今よく聞かれる言葉ですが、トラウマとはいったいどういうことなのでしょうか。これは日本語で「心的外傷」と呼ばれる状態で、何らかの原因・要因によって肉体的および精神的な強い衝撃を受けてしまったことに長期間囚われ続けてしまうことです。
表面的には忘れているような場合も、とあるきっかけで突如その記憶が蘇って肉体的、精神的に強い苦痛を伴うことがあります。このような場合はPTSD(心的外傷後ストレス障害)と呼ばれ、人の場合はこれを発症すると約半数が鬱、不安障害、アルコール依存、摂食障害などを併発して治療に長い時間がかかると言われています。
犬の場合は物音に過度におびえるようになったり、トイレの失敗が増えたりといった問題行動がよく見られます。またそれと同時に皮膚炎や嘔吐、下痢、便秘といった消化管の異常が見られることも多いようです。
程度の軽いトラウマならばトレーニングや普通の生活を送るうちに改善することも多いのですが、トラウマを抱えた状態が長くなったり、あまりに強いストレスがかかりすぎたりする場合、上記のようなPTSDの症状を発症することもあります。
PTSDの症状が出てしまった場合、しつけやトレーニングでは対処しきれないことも多いので、動物行動学に詳しい獣医師とよく相談をしてください。
犬にトラウマを植え付けやすい行為
トラウマ体験となりやすい外傷性のストレッサーは、文科省の定義では次の通りです。
- 自然災害(地震や火事、台風、洪水、火山の噴火など)
- 社会的不安(戦争テロ事件など)
- 生命の危機にかかわる体験(暴力、事故、犯罪など)
- 喪失体験(家族の死、大切なものを無くすなど)
これらは人に対するストレッサーの例ですが、犬の場合もおおよそ同様のことがストレスになると考えられています。特に生命の危機にかかわる体験や喪失体験は、子犬の頃に体験することで重大なストレスとなり、犬の心にトラウマを残すといわれています。
では一体どんな行為がこれらの体験とつながるのでしょうか。
暴力を受ける
どんな犬にとっても理不尽な痛みを与えられることは恐怖の対象です。激しい暴力は言うまでもありませんが、子犬の時に何かの罰として軽く頭を叩かれたということがあると、それが心にいつまでも残り、人の手を怖がるようになってしまうことがあります。
下から差し出される手は平気だけれど、頭の上から(たとえ撫でようと伸ばした手であっても)手を出されるとびくっと体を硬直させたり、威嚇してきたりする場合は要注意です。過去に何らかの理由で頭を叩かれたことが強いトラウマになっている可能性があります。
また他の犬との不注意な接触によって、ケガをしたり怖い思いをした場合もトラウマになることがあります。犬にとって「何かよくわからないけれど相手の犬に噛まれた、襲われた」という経験をすると、これを生命の危機と考えてもおかしくありません。
一度他の犬との接触で怖い思いをした犬は、その後も長く自分以外の犬を怖がるようになります。初対面の犬との接触は、お互いの犬の様子をよく見ながらゆっくり慣らしていってあげましょう。
家族と離れる
子犬にとって産まれてから離乳するまでは母犬と兄弟犬といつも一緒の生活が当たり前です。しかしいつまでもその生活が続くわけではなく、ほとんどの場合は新しい家族のもとへ引き取られていきます。
この時、子犬にとっては初めての大きな喪失を体験することになります。いままでずっと一緒だった母親と離されることは、よちよち歩きの子犬にとってとんでもなく大きなストレスでしょう。いくら引き取り先の新しい家族が良い家族であっても、環境の変化そのものが大きなストレスとなり鬱症状を呈することもあります。
この時期の早すぎる母子分離は、その後の子犬の社会化へ悪影響が出る場合が多く、十分な月齢(およそ生後2ヵ月以上)まで母犬とともに過ごした子犬と比較して問題行動が出やすい傾向があるといわれています。離乳食を食べるようになるまでは子犬の精神の安定のためにも、母犬と過ごさせてあげてください。
また成犬であっても犬種によっては飼い主が変わることに耐えがたいストレスを感じる場合もあります。(特に日本犬でこのような傾向が強いといわれています)
まとめ
犬にトラウマを植え付けてしまいやすい行為は、「暴力」と「喪失」を感じさせる行為です。簡単に暴力といっても直接的な攻撃から食事を与えないネグレクトなども含む、生命の危機を感じさせる行為全般を指します。
また喪失体験は子犬の心に深い傷を残す行為と考え、新しい家族として迎える場合は十分な離乳期間をとるブリーダーさんを選ぶようにしましょう。