盲導犬サーブとは
盲導犬サーブが活躍していたのは1980年頃から。岐阜県でマッサージ治療院を営む、両目の不自由な亀山さん夫婦の旦那さんを主人とするシェパードの盲導犬でした。この当時は大きな国道にも歩道がなく、目の不自由な方にとっては、ほんの近所までの外出でも疲れ果ててしまうほどの重労働だったようです。
サーブと暮らすようになってから亀山さん夫婦の生活は一変。1日に何度も外出するようになり家庭内は明るく楽しくなったようです。盲導犬ではありますが、サーブを子供のように可愛がっていました。
幸せな生活をおくっていたある雪の日、国道で雪道にスリップした車が亀山さんとサーブに突っ込んできました。不思議なことに亀山さんはほぼ無傷。なんと盲導犬サーブが体を張って命がけで亀山さんを守ったのです。
この盲導犬サーブの勇敢な行動はその後の法改正にもつながり、盲導犬に対する社会的な理解を広げることにもなったのです。
盲導犬サーブのさまざまな活躍
盲導犬サーブの生い立ち
盲導犬サーブは1977年4月8日産まれ、メスのジャーマンシェパードです。盲導犬と言うとラブラドールレトリバーのイメージが強いですが、昔は勇敢で賢いジャーマンシェパードも盲導犬として多く活躍していました。
しかしジャーマンシェパードは見た目に少々威圧感があることや、人の動きや音に対して非常に敏感なため、現在の日本では盲導犬として使われる事はほとんどなくなっています。
盲導犬サーブは名古屋市にある中部盲導犬協会で訓練を終了した後、主人となる亀山さんを支える盲導犬になりました。実は亀山さんは犬があまり得意ではなく、特にジャーマンシェパードは「怖い」と言うイメージを持っていてサーブに対しての恐怖心が少なからずあったようです。
しかしサーブと一緒に暮らす訓練をしていくなかで、盲導犬サーブとしての優秀さや賢さに感動し、亀山さんとサーブの関係は良好なものになっていきました。
サーブがハーネスを外し自宅で過ごす時は盲導犬サーブとしてではなく、まるで子供のようにサーブに愛情を注いでいました。
突然の事故
盲導犬サーブと亀山夫婦が一緒に暮らし始めてもうすぐ2年、幸せで平穏な生活が続くなか突然の事故にあってしまいます。雪が降る冬の朝、亀山さんが盲導犬サーブと暮らし始める前に、もっとも苦手としていた国道で事故は起きました。
亀山さんは盲導犬サーブと共に国道156号線を歩いていました。サーブは訓練されたとおり亀山さんの右側を歩き誘導していたのですが、雪でスリップした車が2人に向かって突っ込んできてしまったのです。
あきらかに車に接触したと思われる亀山さんは奇跡的に軽症で済みました。しかしサーブは重傷を負ってしまったのです。ドライバーの証言によると、盲導犬サーブは突っ込んでくる車から亀山さんを遠ざけるように路肩側へハーネスを引っ張り、少しでも安全かと思われる場所へ誘導します。
それでも突っ込んできてしまう車。サーブは自分自身の体を使って向かってくる車へ体当たりしていったのです。その勇気ある行動で亀山さんは命を落とさずに済みました。サーブは車と当たった衝撃で8メートル以上飛ばされ、左前脚を切断せざる得ないほどの重傷を負ってしまいました。
事故後のサーブ
左前脚を失ってしまった盲導犬サーブ。盲導犬として活躍することはもちろん、亀山さんのパートナーでいることも出来なくり、中部盲導犬協会で第二の犬生を送ることになります。亀山さんが時折、中部盲導犬協会にサーブに会いに行くと、懸命に亀山さんに駆け寄っていったそうです。
その後、冬の事故でサーブに対して保険金や治療費が支払われなかったことにより、盲導犬に対しても自賠責保険を適応させようと言う動きが活発になりました。その事により盲導犬サーブは3本足になりながらも国会へ出向いたり、盲導犬普及のための街頭募金などの活動を行って過ごしていました。
亀山さんをはじめ、たくさんの人に愛されながら盲導犬サーブは1988年6月13日、11歳のときに老衰で永眠しました。
盲導犬サーブの法律を変えた功績
上記でも少し触れましたが、冬の事故で亀山さんと盲導犬サーブに落度がないことが証明されても、サーブには保険金や治療費が支払われることはありませんでした。このような事は世界的にみても珍しいのですが、当時の日本では盲導犬の認知度が低かったことが理由かと思われます。
しかし、この事故をきっかけに世論の盲導犬に対する意識も変わり、盲導犬は視覚障害者の体の一部である、と言う考えが一般的に広がってきました。
そしてこの事故が新聞や書籍で話題になると、日本中から励ましの手紙が届くようになり、盲導犬に注目も集まるようになりました。盲導犬に対しての自賠責保険適応や、危険な国道には歩道を設置するなどを法律化するための運動が非常に活発になり、ついに地元の議員たちも動き始めたのです。
このような活動が国をも動かし、国会では盲導犬にも自賠責の支払いを認める法案が可決され、新しい法律が改正されました。盲導犬サーブの勇気ある行動が、国の法律まで変えるきっかけになったのです。
盲導犬サーブがいなければ、現在のように社会的に盲導犬が理解されることもなく、法律が変わる事もなかったかもしれません。盲導犬サーブは亡くなった後、名古屋市の長楽寺動物霊園にあるお墓で眠っています。盲導犬サーブの偉業をたたえ銅像も製作されており、名古屋市、栄の久屋大通に設置されていて、今でも通り過ぎる人々の交通安全を願っています。
盲導犬サーブに関するおすすめの書籍
がんばれ!盲導犬サーブ
盲導犬サーブに関する本はいくつか販売されていますが、こちらが1番始めに出版された物で、サーブに注目が集まるきっかけになった一冊です。発売されたのが事故から1年5ヶ月後、当時の盲導犬サーブの活躍が記されています。
小さなお子様でも読みやすい絵本になっていて、1983年に出版されているものなのでイラストは懐かしい雰囲気があります。お子様の読書感想文にもおすすめの一冊です。命の尊さを学ぶためにも是非、お子様と一緒に読んでみてください。
続 盲導犬サーブ物語 天国へいったサーブ
盲導犬サーブが事故後、左前脚を失い盲導犬を引退してから永眠するまでの生活をサーブの写真と共に紹介している本です。サーブが入院したこと、亀山さんと旅行に行ったこと、亀山さんと新しい盲導犬が一緒に歩いているところを見てしまったサーブなど事細かに記録されています。
盲導犬サーブが盲導犬でなくなってからも、サーブの影響力は大きく海外で有名になった様子なども紹介されています。盲導犬引退後も様々な人から愛され、活躍していたサーブを見ることができる一冊です。
世の中への扉 盲導犬サーブ
「世の中への扉 盲導犬サーブ」は「がんばれ!盲導犬サーブ」と「続 盲導犬サーブ物語 天国へいったサーブ」を再構成して一冊にまとめた本になります。盲導犬として活躍していた頃から、引退後の生活とサーブの犬生のあらすじを一気に読める一冊です。
盲導犬サーブが事故から亀山さんを守り、後にどのように社会が変わっていったのか、盲導犬と言う存在が「物」ではなく「視覚障害者の体の一部である」と認められるまでに、どのような事があったのか、盲導犬サーブの存在が多くの人々や社会に与えた影響なども読める感動の一冊になっています。
まとめ
盲導犬サーブの勇気ある行動が、社会や盲導犬にかかわること、また目の不自由な方のその後の世界を大きく変えてくれたのだと思います。亀山さんとサーブの愛にあふれる関係も、とても感動する一面です。
出版されている書籍は児童書が多いですが、大人が読んでも心が洗われ感動し涙する方が多いと思います。そして今一度、盲導犬に対して考えるきっかけとなるはずです。純粋に犬好きな方にも大変お勧めです。