動物が他の生き物を助けるということ
私たちは人間以外の動物が見返りを求めることなく誰かを助けたというエピソードに感動したり、そのような行動に憧れを抱いたりします。けれど、自然界では見返りなしに他者を助けることは一般的ではありません。母親の動物が子を助けるのは遺伝子が受け継がれるという見返りがあるため、家族間の救助は多くの動物で見られます。
では、よく見聞きされる犬が飼い主の危機を救ったり守ったりするというエピソードはどうなのでしょうか?このことについて、アルゼンチンのブエノスアイレス大学および犬行動研究グループによる研究の結果が発表されました。犬は飼い主が困難な状況におかれているときに助け出してくれるだろうか?助けてくれるなら、その動機や理由は何なのか?というこの研究は、次のような実験によって検証されました。
犬は閉じ込められた飼い主の救出に駆けつけてくれるか?
実験には救出活動などの訓練を受けたことがない家庭犬と彼らの飼い主が参加しました。研究者は飼い主が困難でストレスフルな状態になっているということを犬がすぐに理解できて、なおかつ救出のために犬が介入することができる実験装置を用意しました。
装置はロッカーのような人間が立って入ることができるボックスに、中が見える透明のドアを取り付けました。ドアは犬が押した程度の力で簡単に開きます。研究者は飼い主をボックスに入れてドアを閉め、大きな声で犬に助けを求めるよう指示しました。飼い主にとってはストレスを強いられる状態です。この実験では22組の犬と飼い主のうち、12匹の犬がドアを開けて飼い主を救出しました。
犬が飼い主を救出した理由として考えられるのは次のようなものです
- 犬が単純に離れていた飼い主との接触を望んだ
- 犬が従順だったので、呼ばれたから来た
- 飼い主のストレスが伝染して、自分自身のストレスを緩和するために飼い主を助けた
救出の動機や理由を検証するための比較実験
上記に挙げたような理由を検証するため、2度目の実験が行われました。最初の実験と同じようにボックスの中から犬を呼んで助けを求めたグループ、対照としてボックスの中で落ち着いて静かに座っていたグループを作りました。もしも犬が単純に離れていた飼い主と接触したいだけなら、犬がドアを開けて助けてくれる割合は両方のグループで同じはずです。
しかし、結果は大声で呼んだグループは22組中12匹が、静かなグループでは16組中3匹が飼い主を助けるためにドアを開けたという結果で、その差は一目瞭然でした。
次にやはり2グループに分けた実験で、大声グループとボックスの中に座って落ち着いた声でただ犬の名前を呼ぶグループを作りました。もし犬が従順で呼ばれたから来たのが理由なら、ドアを開ける割合が同じになるはずですが、この場合も大声グループの方が2倍以上の割合で多く救出されました。
飼い主のストレスが伝染したのでは?という説を検証するため、同じ2グループに分けた実験で犬の唾液中のストレスホルモンの数値と心拍数の測定、ストレス関連行動の観察が行われました。ストレスホルモンとストレス関連行動については2つのグループの間で違いが見られませんでした。(実験そのものが全ての犬にストレスを感じさせていた可能性が指摘されています。)心拍数では、飼い主が大声で助けを求めたグループの犬の心拍数が増加していました。
これら検証のための比較実験から、飼い主がストレス下にあるときに犬にもストレス感情が伝染し、犬が自分のストレスを緩和するために飼い主をストレス下から救出することを選んだというのが、犬の救助行動のメカニズムであると結論づけられています。
まとめ
飼い主がストレスフルで困難な状況にあるときに飼い犬が救出してくれるだろうか?という研究の結果をご紹介しました。この研究では、犬が飼い主を助けるのは自分をストレスから救うためであると結論づけられていて、ちょっとドライな感じを受けます。
この研究によく似た研究は、2018年にアメリカの研究者によって発表されています。
泣かせる研究結果!犬は飼い主が困っていると急いで駆けつけようとする!
このアメリカの研究では、犬は飼い主の感情を感じ取るだけでなく、飼い主が助けを求めて入れば障害を乗り越えてでも助けに行く、助けに行けない犬の多くは飼い主の状況に動揺して動けなくなるためである、と研究者が述べています。
アメリカの研究の方が感情に訴えてくる感じはありますが、冷静に比較するとどちらの研究でも「犬が飼い主の感情を感知している」ということがポイントになっています。たとえ救出の理由が犬自身がストレスから逃れるためだとしても、飼い主が自由になれば自分のストレスがなくなると考えているなら、やっぱり犬は愛おしい生き物だと思わずにはいられません。
そしてまた「あまり犬に心配をかけて、余計なストレスを感じさせないようにしなくては」と改めて自分に言い聞かせたくなる研究でもありました。
《参考URL》
https://link.springer.com/article/10.1007/s10071-019-01343-5