老犬に麻酔をかけて手術をすると後悔する?
老犬に麻酔をかけることが、必ずしも後悔に繋がるわけではありません。むしろ、手術をしてよかったと思えることもあるります。ここでは、その理由と、麻酔リスクについて解説します。
手術が成功すれば後悔するとは限らない
老犬に麻酔を使うリスクは、成犬よりも少し高くなります。そのため、愛犬に麻酔をかけて、「後悔してしまうのでは」と不安になる飼い主さんもいることでしょう。
しかし、麻酔を使ってでも手術する理由は、たとえリスクがあったとしても、犬にためになるからです。例えば、手術をすることで病気が完治し、愛犬が余生を幸せに過ごせたら、結果的に「手術して良かった」と思います。
麻酔を使うことは、手術前の検査で問題がないことが分かれば、高リスクの危険な処置と捉える必要はありません。そして、麻酔薬を使わないことを選んで「後悔」することは、決してないようにしましょう。
麻酔の種類によっても体への負担は異なる
一概に「麻酔」といっても、種類ごとに目的や効果などが異なります。もちろん、犬にかかる負担にも違いがあります。麻酔は、大きく「全身麻酔」「局所麻酔」「鎮静」と3つの種類に分けられますが、それぞれの麻酔の違いついて簡単に解説します。
- 全身麻酔
全身麻酔は、意図的に意識のない完全に眠った状態にする麻酔のことを言います。全身麻酔をかけると、患犬は呼吸が弱くなるので、人工的に呼吸を補助し、麻酔中は必ずモニタリング(心電図や血圧などの管理)を行います。
全身麻酔の使用目的は「犬に完全に眠ってほしい状態を作りたいとき」です。手術や処置をしたいときに、犬が大暴れしていては、獣医師は適切な処置を行えません。そのため、犬の場合は、歯科処置(クリーニングなど)のときでも全身麻酔をすることがほとんどです。したがって手術となれば、一般的に全身麻酔が使用されます。
全身麻酔の効果は、静脈点滴から麻酔薬を投与し、「脳を含む神経細胞の活動を抑制させ情報伝達を遮断させる」というものです。そのため、手術中、犬は痛みや苦痛を感じることなく、眠ったままの状態になります。しかし、全身麻酔は様々な麻酔薬を組み合わせ行い、効果が高い分、犬の負担も大きくなります。
- 局所麻酔
局所麻酔は処置を行う部分を含む、体の一部だけに行う麻酔です。患部に痛みを伝える神経付近に注射して、麻酔を行います。意識はあるので、特別な場合以外は、処置中にモニタリングをすることはほとんどありません。
局所麻酔は、簡単な処置(傷口を縫う)などで使用されます。しかし、犬の場合、痛みがなくても病院で大暴れしてしまうケースが多く、よほどおとなしい犬でない限り局所麻酔を使うことができません。大暴れしてしまう犬には、次に紹介する「鎮静剤」を平行して用いることがあります。
また、局所麻酔は脳に作用する全身麻酔と異なり、患部の感覚神経を鈍らせているだけの作用です。そのため身体への負担は、ゼロではありませんが、全身麻酔と比較すると大幅に軽減することができます。
- 鎮静
鎮静剤は、犬を「眠った状態」にさせる麻酔です。全身麻酔と同じように聞こえますが、意識が完全になくなるわけではなく、鎮静は、意識朦朧でぼーっとしている感覚にさせます。そのため、強い刺激や呼びかけで犬が少し動くこともあります。
鎮静は、局所麻酔同様、簡単な処置で使われるほか、大暴れする犬にも使用することがあります。自発呼吸を補助したりする必要もなく、処置中も最低限のモニタリングで行うことができます。処置終了後は、数分~数十分ほどで目覚め、特別なことがない限り経過観察も必要なく、自宅に戻ることができます。
ただし鎮静剤もまた、犬への負担は少なくはありませんが、全身麻酔と比較すれば負担は少なくて済みます。以上の3つが、動物病院で使用される主な麻酔薬の種類です。これを犬への負担が大きいものを順番にすると「全身麻酔>鎮静>局所麻酔」といったイメージです。
いずれも、犬に負担がないことはありません。薬を使用すれば、どんなものでも副作用やリスクはついてきます。そのため、どのような麻酔薬でも、使用前には獣医師と話し合うことが大切です。
犬の年齢だけでリスクは大幅に上がらない
麻酔のリスクは、犬の年齢、持病の有無などの条件で変わってきます。そのため、高齢であるからと言って、大幅に麻酔リスクが上がるわけではありません。
まず麻酔をかける前には、必ずASA分類に従って身体状態のクラス分けを行います。ASA分類とは、アメリカ麻酔学会(American Society of Anesthesiologists)全身状態分類の略で、これに基づき麻酔の危険度を予測します。ASA分類は、Ⅰ~Ⅴのクラスに分けられており、数字が上がるにつれて、身体状態が悪いとされます。
- クラスⅠ 健康な状態:認識できる疾患がない
- クラスⅡ 軽度、もしくは中程度の全身症状を示す状態:高齢犬軽度の骨折肥満など
- クラスⅢ 中程度もしくは重度の全身疾患を示す状態:慢性心疾患発熱脱水貧血など
- クラスⅣ 重度の疾患があり命に危険がある状態:心不全腎不全肝不全出血重度肥満など
- クラスⅤ 瀕死の状態。24時間以内の生存率が低い:ショック状態多臓器不全重度の外傷など
これを見ると、「高齢犬」はクラスⅡに該当します。クラスⅠ~Ⅱは、死亡率は0.05%と、それほどリスクは高くありません。ではなぜ「高齢犬の麻酔=ハイリスク」と思われがちなのかというと、高齢犬の場合、すでに持病を持っているケースが多いからです。
例えば、心疾患や呼吸器疾患を持っている高齢犬はクラスⅢに該当されます。クラスⅢは死亡率も1.33%と高くなるので、「高齢犬の麻酔=ハイリスク」のイメージが持たれやすいのです。つまり、特に持病もなく健康な高齢犬であれば、大幅に麻酔のリスクは上がらないということです。
老犬の手術後の後悔につながりやすいリスク
老犬に麻酔を使用した手術の後に、飼い主が「後悔したな」と思う理由はいくつかありますが、ここでは、特に麻酔リスクが高いクラスⅢほどの老犬の飼い主が「後悔」するリスクについて、解説します。
麻酔薬の副作用が重く出ることがある
麻酔薬の使用には、どのような犬でも副作用のリスクは必ず伴います。代表表的な副作用の例としては、内臓機能低下、肝機能低下、血圧低下、心不全、呼吸困難などが挙げられます。もちろん麻酔を使うことで、必ずこのような副作用が現れるわけではありません。
麻酔は特別な機械を使用し、患犬の状態に合わせながら量や麻酔の種類を調整して、なるべく副作用が出ないように行っているからです。しかし、10歳以上の高齢犬、短頭種や持病持ちの犬などは、特に麻酔管理が難しく、先述したような副作用の出るリスクが、高くなってしまうこともあります。
麻酔から覚めない場合がある
麻酔によるリスクは、事前にしっかり検査をし、麻酔薬の選択や調整に問題なかったとしても完全に回避することはできません。そのため、残念ながら、麻酔後覚醒しないということも起こり得ます。
もちろん患犬の状態が悪くなければ、高い確率で起ることではありませんが、若い犬でも高齢犬でも同じように麻酔のリスクは背負うことになります。麻酔後目覚めない原因は様々あり、特定は難しいこともありますが、例えば
- 麻酔薬にアレルギー反応を起こし、血圧や呼吸、体温が戻らない
- 体に異常(麻酔薬を代謝するためによる、肝機能腎機能障害など)が起きて、血圧や呼吸、体温が戻らない
などがあります。一般的に麻酔薬の効果を抑えるためには、それに合った拮抗薬を使用しますが、手術に使われる薬剤には拮抗薬がないことが多いです。そのため、血圧が低い場合は血圧を上げる薬を、体温が低い場合は保温をする、自発呼吸が戻らなければ人工呼吸を施しながら、犬が目覚めるのを待ちます。しかしこのときに、残念ながら犬が目覚めないという事態が、起こり得るのです。
手術からの回復に時間がかかることが多い
高齢犬は若い成犬と比べ、内臓機能や体力の低下、傷口の治癒スピードの遅延、二次感染を防ぐための免疫力が低下しているため、手術後の回復に時間を要する場合が多いです。合併症の危険もある為、入院期間が延びたりることも考えられます。
しかし、危険な二次感染、合併症などがない限り、数か月寝たきりだったとしても、時間と共に回復していくことがほとんどです。そのため、回復するまでは、献身的に愛犬をサポートしてあげる必要があります。術後回復には、自宅での飼い主のサポートは、とても重要になります。
老犬に手術で後悔しないための対策
手術を前向きに検討したものの、やはり「後悔すること」が怖いと感じる飼い主さんも多いでしょう。そこで、ここでは、手術を行うにあたり「後悔」しないための対策を解説します。
手術をする・しない時の利点と欠点を理解する
手術をすること・しないことではそれぞれメリット・デメリットがあります。まず手術を決断する前に、これらについて十分に理解しておき、獣医師と話し合いましょう。それによって、手術で「後悔」するリスクを減らすことができます。
- 手術をしないメリット
麻酔のリスクを背負わせない
術後管理のための入院などはない など
- デメリット
寿命を全うできない場合がある
痛みや体調不良で日常生活に支障をきたす場合もある など
- 手術をするメリット
完治が望める
余生を健やかに過ごせる可能性が上がる
病気の苦痛を楽にしたり、無くしたりすることができる など
- デメリット
麻酔のリスクを背負わせなければならない
術後回復までに、リハビリやこまめな通院が必要な場合がある など
老犬に限らず、どのライフステージの犬でも、不要な手術は行うべきではありません。しかし老犬だとしても、必要な手術であれば獣医師に相談したうえで、前向きに検討してみてるのも良いですよ。
手術前検査を行いリスクを把握する
手術で全身麻酔を利用する際には、必ず事前検査を行い、患犬の麻酔のリスクの度合いをあらかじめ把握しておく必要があります。事前検査の内容は、患犬の状態にもよりますが、血液検査、レントゲン検査、エコー検査が基本です。特に、腎臓、肝臓、心臓の機能や、そのほかに異常が確認できなければ、概ね「麻酔を使用できる」と判断されます。
ただし、麻酔をかけるにあたり何か危険と判断された場合は、状態が良くなるまで手術を延期するか、他の処置を施してから手術を行うこともあります。手術前検査の結果は、獣医師から説明を受けますが、そのリスクについては飼い主もしっかり把握しておきましょう。それが、手術を行うかどうかの判断にも役立ちます。
また、「(よく分からないけど)先生にお任せします。」というのは、厳禁です。もし何かあった時に「後悔」に繋がる原因になってしまうからです。麻酔リスクについて理解したうえで、最終的に手術のサインをするのは、飼い主であることを忘れないで下さい。
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まとめ
老犬に麻酔を使うのは、飼い主であればだれでも「後悔するかも」と思います。しかし、老犬であるからと言って、麻酔のリスクが、大幅にあがるということもありません。そのため、必要以上に麻酔を怖がらなくても良いのです。さらに、手術をすることの「後悔」だけでなく、手術を避け続けることで、完治できる病気ができなくなったり、病気が悪化して犬がつらい思いをしたりすることも「後悔」に繋がる、ということもあります。
もちろん、手術前には、獣医師による事前検査やリスクについても説明されます。飼い主はそれをしっかり把握して、手術を行うかどうか決断します。老犬にとって、その手術は必要なのか、メリット・デメリットは何かを十分に獣医師と話し合い、手術に対して「後悔」が残らない最善の選択を行えると良いですね。