ペットロスの人を傷つけるNGワード

かわいそうだったね
犬が虹の橋を渡ったと聞くと、自然に出てしまう言葉が「かわいそう」かもしれません。犬が好きなら好きなほど、あるいは、悲しみに打ちひしがれている飼い主さんの状況を理解できるからこそ「かわいそうに」と思ってしまいます。
このように本人としては飼い主さんへの寄り添いであり、共感の言葉のつもりですが、受け手からすると「自分は愛犬にかわいそうなことをしてしまったのだ」と捉えてしまうことがあるので要注意なフレーズです。特に飼い主さんが愛犬の死に自責の念を強めに抱いている場合は禁句でしょう。
次の子を飼わないの?
愛犬とお別れした人が次の犬を飼うことはよくあることで、新しい犬との出会いがペットロスを癒してくれるというのもある意味では事実です。ですが愛犬を亡くしたばかりの人は「あの子と同じ子はひとりもいない」「次の子を飼うなんてあの子に申し訳ない」と感じていることも多く、次の犬を勧められると愛犬が無二の存在だったことを否定されているように感じてしまいます。
次の子を飼うかどうかは飼い主さん本人が判断することであり、他人が口出しをできることではないのだということを肝に銘じておきましょう。
動物だから仕方ないよ
犬の寿命は長くても20年。お別れが来ることは承知の上で家族になりますし、いつかは辛いお別れが待っていることは仕方のないことです。
「動物だから仕方ない」のは間違いなく客観的な事実であり、そんなことは飼い主さん自身も百も承知の上ですが、愛犬は動物だけれど大切な家族です。
「動物だから」という言葉はそんな飼い主さんの心を傷つける言葉に他なりません。どんなに大往生だったとしても家族の死を「仕方ない」と諦めることは難しいですよね。
もっと悲しい人はたくさんいるよ
愛犬とのお別れに限らず、悲しみに打ちひしがれている人を見ると「もっと悲しい人はたくさんいる」「もっと悲しいことはたくさんある」という言葉で叱咤激励しようとする人がいます。
その「悲しみ」は小さいものだから大丈夫と安心させようとする意味で悪意はないのかもしれませんが、受け手からすると自分の悲しみを過小評価されたと感じて不快な気持ちになります。
特に多くの人が亡くなった災害時などは「親兄弟を亡くした人がいるのに、ペットを亡くしただけの自分が悲しむなんて申し訳ない」と悲しみを吐露できなくなってペットロスを悪化させてしまう人がいます。
これも「悲しみ」という感情を比べようとした結果です。「悲しみ」はその人だけの感情で、誰かの感情や他のときの感情とは比べることができないということを理解しておくことが大切です。
早く立ち直らないとダメだよ
人によってはペットロスが長期間に渡ることもあります。いつまでも悲しみから立ち直れずにいる人を見るとつい「早く立ち直らないと」「いつまでも泣いていると、天国のあの子が悲しむよ」という声をかけたくなってしまうかもしれません。
ですがこの声かけも飼い主さんにとってはNGワードに響きます。早く立ち直らなくてはいけないことも、いつまでも泣いていてはいけないことも、十分承知しているからです。承知しているうえで、立ち直ることができないのです。
ペットロスには必ず回復期が訪れますが、そのペースは人それぞれです。他人がとやかく言って急かすとかえって状況を悪化させてしまうこともあります。そっと見守ってください。
愛犬を亡くした人にすべき配慮

傾聴と寄り添い
ペットロスの人と話すときに必要なのは「傾聴」の姿勢と「寄り添い」です。愛犬の死を誰かに話すというのはペットロスの回復における重要なステップです。
触れたくない話題をせっかく口にしてくれた人に対して正論で追い詰めるのではなく、しっかり話を聞いて悲しみに寄り添いましょう。「話せてよかった」と思ってもらえることが大切です。
同じ経験があれば共感を分かち合う
またもし自分にも大切なペットを見送った経験があるのであれば、同じ経験を語り合って悲しみを分かち合い、共感することも相手の心のケアに効果的です。
ただし「自分のときはもっと早く立ち直れた」など、相手に対する無意識のマウントにならないよう注意しましょう。
まとめ

愛犬を見送った人にとってペットロスはもはや避けることのできないことではありますが、周囲の人がどんな声かけをするかによって回復の過程にも大きな影響を及ぼします。
そしてどんな声かけをしたかによって、その後の関係性の良し悪しにも関わってくるでしょう。大切なのは相手への思いやりです。NGワードで嫌われてしまわないよう、言葉を選んで寄り添いましょう。



