犬の脳の健康と行動エンリッチメント
犬が人間のさまざまな病気の治療モデルになることには多くの研究者が注目しており、実際に研究も数多く行われています。老化による認知機能障害もそのひとつです。
人間のアルツハイマー病には、脳神経細胞の外にアミロイドベータというタンパク質がたまってできるアミロイド斑というシミのようなものが関連しています。
犬もまた加齢に伴ってアミロイド斑が形成され、代謝にも人間と似ている部分が多いため、犬はアルツハイマー病の治療や予防のモデルとなります。
アメリカのカリフォルニア大学アーバイン校、ペンシルバニア大学、ケンタッキー大学の神経生物学の研究チームは、アルツハイマー病の治療薬となる可能性のある2種類の薬の研究を続けており、このたびその一環として犬の脳の健康状態と、行動エンリッチメントの関連についての調査結果が発表されました。
エンリッチメントとは「より豊かで有意義なものにすること」という意味です。
アルツハイマー病治療薬の研究に参加しているビーグルの脳を調査
この研究では、43頭(メス36頭オス7頭)のビーグルが調査対象となっています。ビーグルたちの健康状態は3年にわたって追跡調査されており、研究開始時の犬たちの年齢は全員が6歳でした。
犬たちのうちの半数はアルツハイマー病の慢性治療に使える可能性がある薬剤の投与を受けており、残り半分は投与を受けていません。
すべての犬たちは毎日運動し、おもちゃで遊び、人間との社会化の時間を設けられています。また、オスだけのグループとメスだけのグループに分かれて、毎日30分間犬同士で遊ぶ時間も設けられています。これら社会化や運動の時間が行動エンリッチメントとなります。
薬剤投与や行動エンリッチメントが脳に及ぼす影響を調査するため、犬たちは毎年1回MRIによる脳の検査を受けていました。なお研究開始時の犬たちの脳のサイズは、全員が平均的な大きさでした。
行動エンリッチメントは海馬の容積を増加させた!
MRIで脳をスキャンした検査結果は研究者を驚かせるものでした。全ての犬の脳の海馬の容積が増加していたからです。
海馬とは記憶をつかさどる脳の部位で、短期記憶は海馬の中で整理され、その後に大脳皮質に貯められていきます。
犬たちの海馬の容積は平均1.74%の割合で増加していたといいます。これまでの研究では海馬の容積は加齢に伴って減少すること、犬の脳の老化の兆候は9歳前後で現れ始めることが観察されていたのですが、この研究では対照的な結果を示しました。
治療研究薬を投与されていたグループと投与されていないグループの間に、海馬の容積の変化についての違いは観察されませんでした。
このことから研究者は海馬の容積の増加は、社会的相互作用、身体運動、感覚刺激などの高レベルの行動エンリッチメントによるものだと考えているそうです。
遊びや運動、他者との関わり合いといった活動は、脳への健康的な血流を増加させ、脳細胞の成長を促す可能性があるとも、研究者は述べています。
犬たちは10歳と11歳の時点で、さらにMRIによる検査を受ける予定だそうです。この検査によって研究中の治療薬の効果についての最終結論が出されます。
また犬の社会的な活動や遊びと運動の利点についても、より強い証拠が得られることが期待されます。
まとめ
アルツハイマー病治療薬の研究に参加しているビーグルたちの脳をMRIでスキャンして検査したところ、脳で記憶をつかさどる海馬の容積が増加しており、これは毎日の遊びや運動など、行動エンリッチメントの結果と考えられるという報告をご紹介しました。
人間も運動不足や社交活動が減ることで脳が老化しやすくなることがわかっていますが、それは犬にとっても同じであるという結果が示されました。
愛犬が年をとっても散歩や遊び、他の人や動物と関わり合うことがいかに大切であるかがよくわかる研究結果だと言えますね。
《参考URL》
https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.2366-23.2024
Age-related brain atrophy and the positive effects of behavioral enrichment in middle-aged beagles