PTSD介助犬の新しい可能性を探る研究
介助犬はさまざまな障害や疾患を持つ人に寄り添い、その生活を助ける仕事をしています。日本ではまたあまり馴染みがないのですが、心的外傷後ストレス障害を持つ人を助けている犬たちもいます。
心的外傷後ストレス障害は英語の頭文字をとってPTSDと呼ばれることが多く、この呼び方の方が一般的に知られているかもしれません。
災害や事故など生死にかかわるような体験から来る強いストレスによって心がダメージを受けた後に、体験から時間が過ぎてからも強い恐怖、無力感、悪夢、パニックなどさまざまな症状が現れる疾患です。
アメリカでは、戦地から戻ってPTSDを患った退役軍人のための介助犬が数多く働いています。PTSD介助犬は人々が苦痛を感じている際に助けるための訓練を受けています。現在のところ、犬は介助する人の行動や身体的な合図に反応するよう訓練されています。
このたびカナダのダルハウジー大学のイヌ嗅覚研究室と精神医学の研究者は、PTSD介助犬の可能性をさらに一歩進めたものにするための研究を実施しました。
犬がPTSDを持つ人がフラッシュバック(辛い体験の記憶を自分の意思とは関係なく思い出してしまうこと)を起こす時に、嗅覚で検知できるかどうかを検証するためのリサーチを行ない、その結果が報告されました。
PTSDを持つ人と、訓練を受けた家庭犬が実験に参加
リサーチのための実験には、PTSDと診断された26名の人々が参加しました。年齢は20〜53歳(平均年齢31.2歳)男性8名女性18名という内訳です。参加者には金銭報酬が支払われたそうです。
研究のために募集された25頭の家庭犬が臭気検出のトレーニングを受け、最終的に訓練基準に合格した2頭の犬が実験に参加しました。2頭の犬はゴールデンレトリーバー(5歳メス)とジャーマンシェパードとベルジアンマリノアのミックス犬(3歳メス)でした。
参加者は会場でマスクを着用するよう指示され、マスク着用のまま同意書へのサインやアンケートへの回答を行ないました。この時着用していたマスクは研究者によって回収され、平常時の呼気の匂いがついたサンプルとなります。
次に参加者は研究者とのインタビューに臨むのですが、インタビューの前に新しいマスクを着用するよう指示されます。インタビューの内容には個々人のトラウマ体験に関するものが含まれており、苦痛やストレスを誘発するよう設計されています。この時に着用していたマスクも回収され、トラウマ/ストレス時のサンプルとされました。
参加者のうち13名はさらに別のセッションにも参加しました。このセッションでは個人的なトラウマに関連する映像を見てストレスを誘発します。
インタビューと同じように、セッション前に着用したマスクを平常時サンプル、映像を見ている時に着用したマスクがトラウマ/ストレス時のサンプルとされました。
高い精度でストレスを感じた時の呼気を検出
上記のようにして収集されたサンプルは、訓練を受けた2頭の犬の臭気検出に使用されました。
ゴールデンレトリーバーとシェパード/マリノアミックスの両犬ともに、平常時のサンプルとストレス時のサンプルを90%の精度で識別しました。
次に犬たちは、ストレスに関連する揮発性有機化合物を正しく検出できるかどうかを調べるために、一度にひとつずつ一連のサンプルを提示されました。ストレス時のサンプルを見つけた時には、犬が決められた合図を送ります。
こちらはゴールデンレトリーバーの正解率は74%、シェパード/マリノアミックスの正解率は81%でした。
2頭とも高い精度で結果を出したのですが、興味深いことにゴールデンレトリーバーの成績は参加者が自己申告した恐怖反応と相関しており、もう1頭のシェパード/マリノアミックスの成績は参加者の自己申告による羞恥心反応と相関していました。
2頭の成績がそれぞれ違うストレス反応と相関していたことは、ゴールデンレトリーバーは交感神経ー副腎ー髄質ホルモン(アドレナリンやノルアドレナリン)に反応し、シェパード/マリノアミックスは視床下部ー下垂体ー副腎皮質ホルモン(コルチゾール)に反応したのだと推測されます。
PTSDの初期症状に気づくには、交感神経ー副交感神経ー髄質ホルモンに対する感受性が必要なので、2頭の反応の違いは今後の重要な知識となりました。
今回のリサーチでは、PTSDに関連する苦痛を感じている人が発する揮発性有機化合物を検出できる犬がいることを証明しました。PTSD介助犬に実際にこのような臭気探知の訓練を行なうかどうかには、今後さらに大きい規模での研究が必要だということです。
まとめ
臭気探知の訓練を受けた犬は、PTSDによるストレスや苦痛を感じている人の呼気に含まれる物質を嗅ぎ分けることができたというリサーチ結果をご紹介しました。
てんかん発作や低血糖症のサインを嗅覚で察知して、人間を助ける介助犬はすでに活躍しています。ここにPTSDのフラッシュバックを嗅ぎ取る犬たちが加わることになるかもしれません。今後の研究の報告が楽しみです。
《参考URL》
https://doi.org/10.3389/falgy.2024.1352840