家庭内の犬の順位を知るための質問票を開発
多頭飼いで家庭内に複数の犬がいる場合、犬たちの間には上下関係が形成されていることがわかっています。犬の行動を分析した結果から、彼らの行動がいくつかの場面において、その順位に基づいていると判明しているからです。
犬同士の上下関係を表す時に、Dominance=支配性または優位性という言葉がよく使われます。支配性という言葉はドッグトレーニングなどの分野で広く使用されていますが、残念なことにほとんどの場合は間違った解釈で使われています。
動物行動学における支配性という言葉は、私たちが一般的に考えるのとは違う意味を持ちます。(トレーニングなどで使われる「支配性」は、ほとんどが一般的に考える意味で使われています。)
動物行動学では、支配性は社会的関係の質的な尺度としての意味しか持ちません。具体的に言うと「限られた資源に対して誰が優先的にアクセスするか」ということです。
しかし家庭で飼育されている犬は、野生のイヌ科動物などと違って食物などの資源を奪い合う必要がありません。それにも関わらず、過去の研究では家庭内の犬の間に順位(またはそれに近いもの)が形成されていることがわかっています。
また別の研究では、犬たちの間での個体の順位は個体の性格と関連しており、社会的な関係性に影響を与える可能性があることも示されています。これらのことから、家庭内の犬の順位を知ることは犬への理解を深めるとも言えます。
動物行動学の研究者が家庭内の犬の順位について調査を行なう際の手法は、ほとんどが飼い主への聞き取り調査です。しかし今までのところ、犬の社会的な力関係を調査するための標準化された質問票はありませんでした。
ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学の動物行動学の研究チームは、『ファミリードッグプロジェクト』という大規模プロジェクトを運営しており、プロジェクトの一環として、家庭内の犬の順位を調査するための質問票を開発しました。
質問票を検証するための2つの実験
研究チームはまず、犬の順位を評価するための質問票を作成しました。この質問票はDog Rank Assessment Questionnaireの頭文字を取ってDRA-Qと名付けられました。
DRA-Qは、家庭内でいっしょに暮らしている犬の日常的な相互作用(互いに働きかけ影響を及ぼすこと)についての8つの質問から構成されています。
順位には3つの異なる視点「服従的なコミュニケーションサインに基づく形式的な順位」「資源をめぐる対立的な順位」「群れを守るためのリーダーシップ」があり、8つの質問はこれらに対応しています。
ファミリードッグプロジェクトに登録されている飼い主がこの質問票に回答し、それぞれの愛犬に順位スコアが割り当てられました。
この順位スコアが本当に犬たちの現実を反映しているのかどうかを行動学的に検証するため、研究チームは回答者の犬たちに2つの実験に参加してもらいました。参加したのは各家庭から2頭ずつの合計64頭の犬たちです。
実験は2種類で、1つめはおもちゃを使ったものです。飼い主と2頭の犬が同じライン上に立ち、飼い主が首輪またはハーネスを握っています。この状態でピーピー音が出るボールまたは中にトリーツが入っているおもちゃを犬に示します。
次に実験者が両方の犬から3〜5メートルの地点におもちゃを投げて、飼い主が2頭の犬を同時に放します。どちらの犬がおもちゃを先に取るか、そして試行が終わった時点でどちらの犬がおもちゃを保持しているかが観察のポイントとなります。
2つめの実験はあいさつテストです。この実験は各家庭で行われ、飼い主によって録画されたビデオが分析されました。
飼い主は固定カメラをセットして2頭のうちの1頭(犬A)だけを連れて短い散歩に出かけます。もう1頭の犬Bは家で待っています。飼い主と犬Aが家に戻ると、犬Bが待つ部屋に入る前に犬Aのリードを外します。再会した2頭の姿勢や相互作用が観察されます。
新しい質問票DRA-Qは犬たちの関係性を反映していた
2つの実験の結果から、DRA-Qの質問によって導き出された順位スコアは、実際の犬たちの行動や相互作用を反映していることがわかりました。
前述したように順位には3つの視点があります。DRA-Qで3つのうち2つのスコアが高く、総合スコアも高い犬ほど、より頻繁におもちゃを獲得し実験終了までそれを保持していました。おもちゃがボールでもトリーツ入りのものでも同じでした。
おもちゃの実験では攻撃性を示した犬はいませんでした。家庭内ですでに順位が確立しているため、おもちゃという資源について優位性があるのは誰なのかを犬同士が理解しているからです。
数回の試行の中で、順位の低い犬の方がおもちゃを獲得した場合には、順位が高い犬はそれを容認していました。これは優位性から来る尊重と考えられます。
あいさつテストでは、DRA-Qの総合スコアが高い犬ほど、相手の犬に対して支配的な行動(相手の体に脚をかけて立ち上がるなど)をとり、スコアの低い犬は服従的な行動(相手のマズルを舐めるなど)をとりました。
1頭だけが飼い主と散歩に行くという明らかに有利な地位を得た場合に、再会後の2頭が元々の地位を再構築しようとしていると考えられます。
また、あいさつテストでは留守番した犬からの方が相手に対する交流が多く見られました。留守番側の順位が上でも下でも同じでした。これは散歩に行った犬が飼い主とのつながりが強くなったと感じたことから、もう1頭への関心がやや低くなったからではないかと推測されます。
これらの結果はDRA-Qが同居している犬たちの上下関係を評価するための有用なツールであることを示しています。DRA-Qは犬の関係性という質的な事柄をスコア化することができるので、犬たちの社会的力関係を調査するのに役立ち、上下関係の強さを測定することができます。
まとめ
家庭内での犬の順位を評価するための質問票が開発され、その内容は行動学的にも犬の実際の行動を反映する有用なものであるという結果をご紹介しました。
犬の群れにおける支配性(優位性)は、犬の行動の調査や解釈において重要な位置を占めます。しかし一方で、順位における3つの視点「服従的なコミュニケーションサインに基づく形式的な順位」「資源をめぐる対立的な順位」「群れを守るためのリーダーシップ」はそれぞれに完全に独立しているわけではないですが、完全に重なり合うわけでもありません。
ですから犬の行動について、あらゆる状況で「支配性」や「順位」を説明に使うことは大きな誤解を招くことになると研究者は述べています。
たびたび誤った使い方をされる犬同士の支配性や順位について改めて考えさせられる研究でした。
《参考URL》
https://link.springer.com/article/10.1007/s10071-024-01842-0