獣医学生に必要な犬の行動評価のスキルにVRを利用
普段は攻撃性など見せない犬が、動物病院では恐怖や痛みから攻撃的になってしまうのは珍しいことではありません。そのため獣医師にとって犬の攻撃的な行動への解釈や適切な接し方は、人間の怪我を予防することと犬の福祉の両方の点で重要なスキルです。
また将来の獣医師候補である、獣医学生に対する犬の攻撃的な行動についての教育も、非常に大切です。しかし、実際に攻撃的な行動を見せる犬を使っての実習は不可能です。
イギリスのリバプール大学の獣医学部とデジタル工学自律システム研究所の研究チームが、上記のような点を解決するバーチャルリアリティ(VR)の仮想犬を使っての実験を行ない、その結果が報告されました。
VR課題の後に犬の行動に関する講義を実施
この研究には、同大学の獣医学部1年目の学生40名が参加しました。学生たちはまず最初にバーチャルな室内環境で、バーチャルな犬に接近して行くという課題に参加しました。
VRの犬は「攻撃的な行動を見せる犬」と「受動的で無反応な犬」の2種類で、全員が両方を実行します。攻撃的な犬はVR空間で参加者に反応して立ち上がり、吠えたり歯を剥き出したりといった攻撃的な行動を示します。
「受動的で無反応な犬」は部屋の隅で伏せており強い反応を示しません。どちらの犬も現実の犬の行動に基づいて作られており、VR内の犬の行動は動物行動学の専門家によってレビューされています。
参加者はVR犬に向かって進んで行き、これ以上近づかない方が良いと判断したところでストップボタンを押します。
1回目のVR課題の後、学生たちはコンパニオンアニマルの福祉についての講義を受けました。この講義への出席は義務ではなく任意で、講義は録画されたものです。講義の内容は犬の恐怖行動や攻撃行動の指標に関するもので、恐怖を感じている犬のボディランゲージが説明されました。
次に犬と猫に特化したコースが実施されました。今度は全学生が受講を義務付けられており、その内容は犬と猫のハンドリング実習、複数回の講義(獣医行動学者によるものを含む)、資料の配布などが含まれました。
また、犬の攻撃性の段階、犬のボディランゲージの評価、恐怖やストレスを感じている犬の行動についても資料が提供されたといいます。
VR課題に参加した40名の学生は2つのグループに分けられ、1つのグループは任意参加のビデオ講義を受けた後に2回目のVR課題を行ない、もう1つのグループは、両方の講義とコースを終えた後で2回目のVR課題を行ないました。
2回目のVR課題の後には、参加者は課題中の感情や自信についてのアンケートへの回答を求められたそうです。
VR犬との接し方は受講の効果を反映していた
1回目のVR課題と2回目のVR課題で、ストップボタンを押すまでの平均時間を分析したところ、ビデオ講義だけの参加者グループでは大きな変化は見られませんでした。
一方、ハンドリング実習を含むコースを受講した後に2回目に臨んだ参加者グループでは、ストップボタンを押すまでの時間が短縮されていました。つまり早めに「これ以上近づかない方が良い」と判断するようになったということです。
VR課題後のアンケート調査の結果は、どちらの参加者グループも「自信の自己評価」がアップしていました。これは課題に対する慣れのせいという可能性があります。
この調査結果は、バーチャルリアリティを使った新しい方法が、他の方法では実証することが困難な学生の教育、知識や実践の評価に利用できる可能性を示しています。
まとめ
バーチャルリアリティの犬と接する課題に参加した獣医学生は、犬の行動についての講義を受けた後に再度VR課題を行なったところ、行動が改善していたという調査結果をご紹介しました。
研究チームは、今後さらにVR犬の精度を上げて、より複雑な犬との関わり合いが再現できるよう研究を続けるとのことです。
人間にも動物にも安全な方法で、危機管理の教育や評価ができるようになるのはありがたいことですね。
《参考URL》
https://www.nature.com/articles/s41598-024-53551-w