未知の部分が多い犬の尻尾振り行動
尻尾を振ることは、犬の行動として最も目につき、広く知られているものです。犬が尻尾を振るのは嬉しい時や興奮している時の他に、「そばに来るな」という警告や不安な気持ちを示したりと多様な意味を持っています。
しかし、尻尾振り行動の多様性については多くの研究が行われているのですが、なぜ犬が他のイヌ科動物と違って、尻尾でコミュニケーションを取るようになったのかは正確にはわかっていないそうです。また、尻尾を振ることについて犬がどの程度、自分でコントロールしているのかもわかっていません。
オランダのマックスプランク研究所、オーストリアのウィーン獣医科大学の研究チームは、犬が尻尾を振る行動について、そのメカニズムや機能、進化などについて知られていることをまとめ、そこから2つの仮説を立てました。
仮説1:尻尾を振る行動は他の選択の副産物だった?
研究チームは、犬が尻尾を振る行動のどの要素が解明され、どの要素が謎のままなのかを把握するために、過去に発表された犬の尻尾振り行動に関する100以上の文献を分析しました。
それらの文献から、犬の家畜化は後期旧石器時代(約3万5千年前)に始まり、犬歯の大きさ、攻撃性の低下、耳の形などの変化をもたらし、犬と人間が関わり合う社交性を形成したことがわかっています。
犬の家畜化の過程で人間は望ましい形質を持つ個体を選んで来ましたが、尻尾を振ることが意図的な選択だったのかそうではないのかは明らかになっていません。
研究チームが立てた2つの仮説のうちの1つは、「尻尾を振る行動は人懐っこさや人間に対する友好性など、別の形質の選択の副産物だった」というものです。
人間が望ましいと考える気質の犬を選んでいったら、その気質はたまたま遺伝的に尻尾を振ることと関連していたのではないかということです。
仮説2:人間がリズミカルに尻尾を振る個体を選択してきた
もう1つの仮説は、仮説1のような偶然の産物ではなく、人間は尻尾をより多く、よりリズミカルに振る犬を選択して繁殖してきたのではないか?というものです。
なぜリズミカルに尻尾を振る犬を選ぶのかと言うと、人間はリズムが好きだからです。研究者は「認知神経科学は人間の脳がリズミカルな刺激を好むことを示している。このような刺激は快楽的反応を引き起こし、報酬系の一部である脳ネットワークに働きかける」と述べています。
どちらもまだ仮説の段階なので、今後さらに研究が必要です。研究者は今後の尻尾振り行動の研究には、この行動に特化したツールを使って尻尾振り行動を高画質録画し、精密な行動分析を行なうことを提案しています。
精密な映像と、心拍数やホルモン分泌などの生理学的測定や、脳波測定やMRIなど神経科学とを組み合わせたアプローチによって、仮説の検証を含めて多くの未解決の疑問が明らかになることが期待されています。
犬は人間とともに進化したきた生き物ですから、犬の進化の過程のひとつである家畜化の研究は、人間の心理についても解明できるかもしれないとのことです。
まとめ
「犬はなぜ尻尾を振るのか」という疑問について、研究者が立てた「他の気質を選択した結果の副産物」と、「人間はリズムを好むのでリズミカルに尻尾を振る個体を選択した」という2つの仮説をご紹介しました。
身近なようでいて未知の部分が多い犬の尻尾について、新しいことが明らかになっていくのが楽しみです。
《参考URL》
https://doi.org/10.1098/rsbl.2023.0407