遺伝子検査は、犬の集団の遺伝構造に影響を与えているのだろうか?
純血種の犬を迎える際に「責任あるブリーダーが適切に繁殖した犬」を購入しましょうという言葉は、多くの方が耳にしたことがあるかと思います。
「適切な繁殖」という表現には多くの意味が込められていますが、その多くの意味の中には近親交配を行なわず、遺伝病を避けるための遺伝子検査を受けた上で繁殖されたというものも含まれます。
近年はペットの遺伝子検査サービスも一般的になり、繁殖の前に遺伝子検査を申し込むブリーダーも増えているそうです。
繁殖に使う犬が遺伝子検査を受けることは、遺伝病の原因となる因子を持っている場合には、繁殖からはずすということを意味します。
では遺伝子検査の普及は、犬の集団の遺伝構造にどの程度の影響を及ぼしているのでしょうか。
このような遺伝子検査の普及と犬の集団の遺伝構造の関連について、ペット保険でお馴染みのアニコムの子会社であるアニコム・パフェとアニコム先進医療研究所が調査を実施し、その結果が発表されました。
この研究では、日本のウェルシュコーギーペンブロークの変性性脊髄症が調査対象となりました。
日本のウェルシュコーギー5,512頭の遺伝子を検査
犬の変性性脊髄症(Degenerative Myelopathyの頭文字をとってDMとも呼ばれます)は、痛みを伴わず、ゆっくりと進行する脊髄の病気です。麻痺が進行することで最終的に呼吸不全に陥って死に至ります。
残念ながら現在のところ治療法がないため、変性性脊髄症の遺伝的な因子を持つ犬を繁殖に使わないといった予防が非常に重要です。
変性性脊髄症の原因は完全に明らかになっていないのですが、この病気を発症した犬には、SOD1という特定の遺伝子に変異があることがわかっています。
また日本では、ウェルシュコーギーにおいて変性性脊髄症の発生が増加していることが報告されています。
研究チームは2017年1月1日から2022年12月31の6年間で、日本全国のブリーダー、飼い主、ペットショップから5,512頭のウェルシュコーギーペンブロークの頬粘膜のサンプルを集めました。2017年は成犬の遺伝子検査が開始された年であり、2019年は子犬の遺伝子検査が開始された年です。
5,512頭のSOD1遺伝子変異についての検査を実施し、調査前、調査期間中、調査最終年における遺伝子変異検出の頻度が変化しているかどうかが分析されました。
遺伝子検査が開始されて以降、DM関連遺伝子を持つ犬が減少したことが明らかに
SOD1遺伝子の変異を持つ犬の割合は以下のように変化していました。
- 調査前の2016年、SOD1遺伝子に変異を持つ犬の割合は46.0%
- 調査中の2019年(子犬の遺伝子検査開始の年には14.5%
- 直近のサンプルである2022年には2.9%
数字から明らかなように、変性性脊髄症の一因と考えられるSOD1遺伝子の変異は、日本のウェルシュコーギーの集団内で有意に少なくなっていました。その変化が数年で表れていたことも特筆すべきことです。
またさらに詳細な分析では、2019年には見られなかった系統(変性性脊髄症のリスク遺伝子を持たない)に由来する犬が、2022年の集団には含まれていたことがわかりました。
これらの結果は、ブリーダーが遺伝子検査を申し込み、その結果に基づいて変性性脊髄症のリスク遺伝子を持たない犬を繁殖に用いてきたこと、近親交配を避けるために他の系統の犬でリスク遺伝子を持たない犬を繁殖に用いてきたことを示しています。
まとめ
日本のウェルシュコーギーについて遺伝子検査が開始されて以降の数年間で、集団内での変性性脊髄症のリスク遺伝子変異を持つ犬の割合が減少していたという調査結果をご紹介しました。
遺伝子検査の結果が犬の繁殖に活かされ、数年で致死性の病気を発症するリスクが低減するという可能性が示されたという結果です。
これは今後ウェルシュコーギーを家族に迎えたいと考えている人にとって大きな希望であると同時に、犬の繁殖の前に遺伝子検査を行なうことの重要性がより明らかになったと言えます。
ウェルシュコーギーとDMだけでなく、他の犬種の他の病気についても遺伝子検査の普及が役立っていくと考えられるのは明るいニュースですね。
《参考URL》
https://doi.org/10.1093/gbe/evad231