人間と犬の老年学で注目される『フレイル』という状態
人間の老化を研究する老年学において、近年は加齢よりも『フレイル』に注目することが重視されています。
フレイルとは英語のFrailty(虚弱)から来た言葉で、「加齢によって心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下しているが、一方で適切な介入や支援によって生活機能の維持向上が可能な状態」を指します。
フレイルの状態になると、心身のストレス要因に対する回復力の低下や、死亡につながる健康状態悪化のリスクが高くなるため、適切な介入のためにも正しい評価が必要です。
フレイルは加齢と関連しますが、その関連の仕方や度合いは個人によって異なります。高齢の方の中には、加齢を感じさせず心身ともに活き活きした人もいるように、年齢にとらわれず個人個人のフレイルの状態を把握することが重要です。
犬の加齢についての大規模な研究プロジェクトを進めているアメリカのドッグ・エイジング・プロジェクトでは、この『フレイル』を犬の老化の評価に取り入れることに注目しました。
同プロジェクトを運営しているテキサスA&M大学、ワシントン大学、ヴァージニア工科大学、ノースカロライナ州立大学の研究チームは、犬のフレイル評価方法を作成するための研究に着手し、その経過が発表されました。
なぜフレイルの評価をすることが大切なのか
当然のことですが、一般的にフレイルは加齢と強く関連しています。そのせいか、加齢にともなうフレイル(身体の機能の衰え、認知能力の低下など)は避けられないものと考えられがちです。
フレイルの他にも加齢に関連する病気も、「加齢によるものだから仕方がない」と片付けられることが多々あります。
しかし、加齢だけが健康状態の悪化の原因であるという考え方は、根本的な原因の調査や治療の可能性を飼い主さんに見送らせることにもつながりかねません。治療すれば治るのに「歳だから仕方ない」と諦めさせてしまうということです。
家庭犬のためのフレイル評価指標を作ることは、飼い主や獣医師の適切な判断をサポートするために重要です。この指標とは複雑な検査やテクノロジーを必要としない、飼い主への質問票などの形が考えられています。
例えば犬の関節炎の評価指標として、「階段や段差を嫌がる」「尻尾を下げていることが多くなった」などの行動チェックをするような感じです。
飼い主の目に見える変化に基づいた指標は、低コストである上に必ずしも動物病院での診察を必要としないため、広い範囲の飼い主さんが愛犬のフレイルに気づく可能性を高くします。
現在考えられているフレイル評価のための項目
研究チームは研究文献の中で、犬のフレイル評価指標に必要な項目をリストアップしています。これらは人間の老年学でフレイル評価に用いられているものを応用しています。
1.身体状態
次の3つの身体状態の指標が挙げられています。
- ボディコンディションスコア(体脂肪を痩せ〜肥満まで評価する9段階の尺度)
- 大腿部と胴回りの衰え
- 意図的ではない体重減少
肥満については注意喚起が多く行われていますが、体重の減少は意外と見過ごされがちです。しかし人間のフレイルの指標では、サルコペニアによる体重減少は重要な因子となっています。
サルコペニアとは加齢によって全身の筋肉量と筋力が低下し、身体能力が低下した状態を指します。上記3つは犬のサルコペニアを見つけるために重要なものです。
2.身体活動と運動量
散歩やスポーツなど犬の身体活動や運動量は、飼い主の都合や好みに左右されがちです。そのため単純に「どのくらい活動しているか」ではなく、犬自身の活動への関心、活動時の活発さやパターンに注目して質問項目を設定することが挙げられています。
運動量または運動能力については、オフリードの状態で平坦な路面の一定の距離を移動する速度を測定する簡単なテストが提案されています。
3.筋力
特別な器具や装置を必要としないことが大切なので、日常生活の中での階段の上り下りに注目することが挙げられています。階段の上り下りにかかる時間の変化についての質問、一定の距離の上り下りにかかった時間の測定などが考えられます。
4.認知能力
日常的生活の中で、壁や床をぼんやりと見ている時間、床に落とした食べ物を見つけるのが難しくなったなどの行動の変化についての質問が挙げられています。
また、ワーキングメモリーを評価するための簡単なテストも提案されています。テストは特別な器具やトレーニングを必要としないもので、「一定の時間が経過した後に犬が食べ物の位置を記憶しているかどうか」「食べ物をいくつかの場所に置いた時、どの場所の食べ物を食べて、どの場所はまだ食べていないかを記憶しているかどうか」を評価します。
テストの方法については、オンラインビデオによる説明の提供が想定されています。
5.社会的行動
従来から広く使用されている犬の行動評価の指標のうち、恐怖と不安の項目や社会的行動の回避に関する項目を応用することが提案されています。
例えば「以前は平気だったものや場所を怖がるようになった」「人に撫でられるのを避けるようになった」などの質問が考えられます。
これらの項目を効率的に組み合わせて、家庭犬のフレイルの状態がどのような段階にあるかを評価するための指標(質問票とテスト)を作り、飼い主や獣医師に広く普及させるための研究が行われています。
まとめ
犬の年齢だけにとらわれずに、身体的および精神的な活力がどのくらい低下しているかというフレイルの状態を評価するための研究をご紹介しました。
ドッグ・エイジング・プロジェクトでは、登録されている46,000頭以上の犬と飼い主から対象となるデータを収集しているところです。
この評価ツールが完成すれば、家庭犬の高齢化についての研究と老犬への獣医療の提供の両方のレベルアップにつながります。一般の飼い主さんにとっても、単純に長く生きるというだけでなく、愛犬の生活の質を保つために必要なことが明確になると考えられます。
《参考URL》
https://doi.org/10.3389/fvets.2023.1139308
https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/frailty/about.html