近親交配が遺伝子レベルで与える影響を犬を使って調査
ある特定の種の個体数が減少して、群れの規模が小規模で分断化されたものになった場合、他の群れの同種の生き物との出会いの機会が少なくなるために、群れ内での近親交配の確率が高くなってしまいます。これは多くの絶滅危惧種に見られる典型的な状況です。
近親交配は生まれて来た個体の身体能力、繁殖成功率、寿命の長さを低下させ、環境ストレスに対して弱くなる可能性がありますが、遺伝子レベルでもゲノム損傷の頻度が増加すると考えられます。
近親交配がゲノムにどのような影響を及ぼすかを理解することは重要なのですが、絶滅危惧種の生き物において、集団内のまとまった数のゲノム解析をすることは困難です。
イタリアのトリノ大学の生命科学の研究チームは、近親交配がゲノムに及ぼす損傷の代用モデルとして純血種の犬を調査し、この度その結果が発表されました。
なぜ純血種の犬が近親交配の代用モデルとなるのか?
犬が家畜化されて以来、体格、毛色、行動形質など特定の特徴を得るために、選択交配によってさまざまな犬種が作り出されて来ました。このような選択交配は、ヘテロ接合性の減少という遺伝的多様性の急速な喪失にもつながっています。
過去のいくつかの研究では純血種犬の遺伝的多様性を評価したところ、ゴールデンレトリーバーやロットワイラーといった人気犬種での、近親交配レベルの高さが明らかになっています。
研究チームが純血種犬をゲノム損傷の代用モデルとして選んだのには、このような背景があります。
この研究では77頭の健康な純血種犬と、比較のための対照群として75頭の健康な雑種犬が調査対象となりました。全ての犬は家庭犬で、純血種はブリーダーからの購入、雑種犬は保護施設から引き取られた犬たちです。
純血種の犬種は各犬種7頭ずつの、ゴールデンレトリーバー、ジャックラッセルテリア、ジャーマンシェパード、ダックスフンド、プードル、ラブラドール、チワワ、ボクサー、ボーダーコリー、ブルドッグ、ポメラニアンです。
犬たちの頬の内側の粘膜をブラシでそっと擦って粘膜細胞を集め、小核や核芽などを含む核異常の頻度が調査されました。
小核や核芽とは細胞中に普通の核とは別に存在する小型の核で、通常は存在しない病的なものです。これら異常細胞の増加は、ゲノム損傷のレベルに影響を与える可能性があるものです。
純血種では細胞異常の頻度が雑種犬よりも多かった
採取された粘膜細胞から152,000個の細胞を読み取った結果、小核や核芽を含む7種の損傷細胞の検出頻度について、純血種犬が雑種犬に比べて有意に高い値を示していました。
純血種における小核の検出頻度は雑種犬よりも210%高く、核芽の検出頻度は雑種犬よりも123%高いものでした。
しかしこれらの異常の検出頻度には、純血種の犬種間での有意差は認められませんでした。このことは純血種の犬で観察されるゲノム損傷の増加は、特定の犬種にゲノムの不安定性があるのではなく、近親交配そのものによるのではないかという仮説を補強しています。
人間では小核の検出頻度が高いほど、ガン、心血管疾患、神経疾患の発病率が高くなり、その結果寿命が短くなることがわかっています。
犬においても近親交配が多い純血種ではガンなどの発病率が高く、雑種犬よりも寿命が短い傾向があるため、小核の検出頻度と疾患や寿命との関連性が仮説として考えられます。
まとめ
純血種犬と雑種犬の細胞を調査したところ、純血種犬では有意に異常細胞の検出頻度が高かったという結果をご紹介しました。
ゲノム損傷は、生存期間の短縮や動物福祉に悪影響を及ぼす疾患の増加に関連することから、今回得られた結果は飼育下の動物における近親交配を抑制するきっかけとなる可能性があります。
また野生動物においても、絶滅危惧種の遺伝的修復への対策を立てるきっかけになるかもしれません。飼育動物と野生動物どちらについても、より良い未来につながって欲しいものだと願います。
《参考URL》
https://link.springer.com/article/10.1007/s00335-023-10020-5