人と犬との特殊な関係性
愛犬が飼い主さんの気持ちを理解し、気持に寄り添って行動を変化させることは、多くの飼い主さんが経験的に知っています。しかし長い間、科学的には検証されてきませんでした。それが近年になり、人と犬との関係についても科学的に解明されるようになってきました。
例えば、人間とチンパンジーは同じ類人猿であり、遺伝的にも非常に近い存在であることが分かっていますが、犬は人間が示す「指差し」や「視線」によるサインを学習もせずに理解し、チンパンジーよりも高い反応を示すことが分かっています。
また犬と一緒に暮らしている飼い主さんは、そうでない人と比べて健康で病院に行く回数が少なく、長生きをする傾向にあることも分かっています。このように飼い主さんと愛犬は、お互いに何らかの影響を与え合って暮らしていることが、科学的に解明され始めたのです。
人間と犬は異なる動物種であるにも関わらず、1万年以上も一緒に暮らしてきました。この長い時間の中でお互いに影響し合い、共に進化してきたことで、こういった関係性を自然に身につけたのだと考えられます。
今回は、飼い主さんのストレスが愛犬に伝わるという研究結果をご紹介するとともに、愛犬に良くない影響を与えるストレスを、愛犬に伝えないための工夫点などをご紹介します。
飼い主のストレスが愛犬に伝わることが実証された研究例
喜びや悲しみといった心の状態を感情といいます。その中でも、一時的で急激に引き起こされるものを「情動」といいます。具体的には、怒り、恐れ、喜び、悲しみなどの感情と同時に、顔色や呼吸、脈拍などの生理的な変化が即時に伴うようなものが情動です。
犬は人の感情を読み取る能力を持っています。特に情動が伝染することについては、心理学や生理学、行動学等の研究で明らかにされており、「情動伝染」と呼ばれています。
ここでは、飼い主さんのストレスが飼い犬に伝わることを示す、2つの研究結果をご紹介します。
スウェーデンでの研究
2019年6月、スウェーデンのリンショーピング大学の動物学者が、『飼い主さんのストレスが飼い犬に伝染する』という研究結果を発表しました。
その研究は、飼い主さんの毛髪の根元から3cmの部分と、飼い犬の被毛に含まれるコルチゾールというホルモン量を計測することで実証しました。
「コルチゾール」とは、恐怖や不安を感じると分泌されるホルモンのことで、毛髪や被毛に蓄積されるため、その量を計測することでストレスレベルが分かります。また根元から3cmの毛髪や被毛を調べることで、直近3〜4ヵ月という中期的なストレスレベルが分かるのです。
この結果、中期的に飼い主さんのストレスレベルが高い場合、その飼い犬のストレスレベルも高くなる傾向があることが分かりました。
日本での研究
2019年7月には日本の麻布大学、奈良先端科学技術大学院大学、熊本大学大学院、名古屋大学大学院の共同研究グループが、飼い主さんから飼い犬へのストレスの伝染について心拍数を指標として実証した研究結果を発表しました。
飼い主さんと愛犬のペアの各々に心拍計を装着し、犬からは飼い主さんだけが見えるような状況を作った上で、飼い主さんに暗算や専門的な文章内容の説明を5分間行わせる、というストレスを与え、双方の心拍数の計測と犬の様子のビデオ撮影を行いました。
その結果、飼い主さんの心拍数と飼い犬の心拍数は同じような変動を見せ、相関関係を示すことを突き止めました。
この研究により、飼い主さんと飼い犬の間には、中期的な情動伝染だけではなく、秒単位での細かな情動変化も伝染することが分かりました。
家族だからこそ気を付けたい愛犬との付き合い方
ご紹介した研究の他にも、飼い主さんと飼い犬との情動伝染やコミュニケーションについては、さまざまな研究がなされています。その結果、犬は五感を総合的に使って飼い主さんの情動を察知し、共感することが分かってきています。
例えば飼い主さんが発する声のトーンや語調といった聴覚情報、顔の表情や仕草といった視覚情報、飼い主さんから撫でられたときの触覚、飼い主さんから発せられるホルモンや汗などの嗅覚情報や飼い主さんが流した涙の味覚情報などが該当すると考えられます。
愛犬は、飼い主さんにとって家族の一員です。飼い主さんが常に愛犬の存在を意識しているように、愛犬も飼い主さんの存在を常に意識しています。そして母親のように頼りになる飼い主さんのことを、常に観察しているのです。
もしかしたら、人間のご家族にはストレスを隠せるかもしれません。しかし、ストレスにより変化したホルモンや汗のニオイを察知してしまう愛犬には、隠し通せないでしょう。そしてそのストレスが、愛犬へのストレスになってしまうのです。
大切な家族である愛犬にストレスを伝染させないためには、飼い主さんがストレスを感じないことが最も確実な対策です。しかしそれは、現実的ではありません。生きていれば、多かれ少なかれ、どなたでもストレスを感じてしまうものだからです。
そこで大切なのが、上手にストレスを解消する方法を身につけることです。そのためにおすすめしたいのが、「愛犬と一緒に体を動かすこと」です。日々のお散歩はもちろんですが、公園や室内などで愛犬と一緒に運動や体を動かせるゲームなどを楽しみましょう。
普段とは異なる運動や頭の使い方をすることは、直接的にストレスを解消することに繋がります。それを愛犬と一緒に行うことで、より効果的に双方の心身をリフレッシュすることになるでしょう。
まとめ
愛犬に伝染する飼い主さんの情動は、怒り、恐れ、悲しみ等のストレスだけではありません。喜びも伝わります。
飼い主さんがストレスで弱っているときも、積極的に愛犬と一緒に運動やゲームをすることでストレスを軽減し、楽しさや喜びを分かち合えば、きっと双方にとって快適な生活になることでしょう。