犬の炎症性腸疾患とオオカミの腸内細菌
犬のお腹の病気のひとつで炎症性腸疾患(IBD)というものがあります。 この病気は、慢性腸症(原因がはっきりせず慢性的に下痢などの消化器症状を起こす疾患の総称)のひとつです。
今のところ犬の炎症性腸疾患の治療法は確立されていません。ステロイドの投与や、食物繊維を強化した処方食、既存のプロバイオティクスなどによる対症療法がありますが、根本的な解決には至りません。
この病気の要因は遺伝、環境要因、消化管の免疫学的な状態、腸内細菌叢の変化などが複雑に絡み合っていると考えられます。
アメリカのオレゴン州立大学カスケード校の生物学者と獣医学部の研究チームは、犬のIBDの原因のひとつに、家畜化による腸内細菌叢の変化という因子があるのではないかと考え、野生のオオカミの腸内細菌を調査した結果を発表しました。
ハイイロオオカミから新しい菌株を発見
野生のオオカミの腸内細菌を調査するためには、何らかの形で細菌を入手する必要があります。この研究では、自動車事故で死亡した野生のハイイロオオカミを、死亡翌日に解剖して採取した消化管組織が使用されたそうです。
消化管組織のクロロホルム抽出を用いて植物性細胞を不活性化し、芽胞形成細菌が選択されました。
研究チームは事前の遺伝子解析から、プロバイオティクス(宿主に健康上の利益をもたらす微生物)の資質を持つことが示された20種類の細菌を分離し、全ゲノム塩基配列決定により、新規のパエニバシラス属の菌株と同定された細菌を発見しました。
この細菌は、でんぷんなどの複雑な炭水化物を消化する酵素をコードしており、抗生物質を発現する遺伝子システムを持っています。また、この新規菌のような非毒性の芽胞形成細菌は、腸内の抗炎症免疫反応を促進し病原体の増殖を抑制します。
犬のIBD治療にも役立つ可能性
新しく発見された細菌が持つ特徴は、犬の炎症性腸疾患の治療も含めた有益なプロバイオティクスとなる可能性を示していると、研究者は述べています。
人間の炎症性腸疾患にはプレバイオティクス、プロバイオティクス、シンバイオティクス(プレバイオティクスとプロバイオティクスを組み合わせたもの)、ポストバイオティクス(腸内細菌が作り出す有用な代謝産物)の投与が治療法として研究されています。
これらは犬にとっても有効であると考えられるため、現代の犬が失ってしまった細菌をプロバイオティクスとして投与することは、犬のIBD治療として役立つ可能性があります。
この研究の過程で分離された20の菌株のうち、他の4〜5種の細菌についても全ゲノム配列決定を行う予定だそうですので、さらに新しい発見があるかもしれません。
まとめ
野生のハイイロオオカミから採取された消化管内細菌から新しいパエニバシラス属の細菌が発見され、これが犬の有益なプロバイオティクスとなり得る可能性があるという研究結果をご紹介しました。
愛犬の炎症性腸疾患に悩んでいる飼い主さんはとても多いので、このような発見が有効な治療法につながり、苦しい思いをする犬が少なくなればいいですね。
それと同時に、細菌を求めるために野生動物であるオオカミの生活が脅かされるような事態がないことも強く願います。
《参考URL》
https://www.mdpi.com/2673-8007/3/4/