犬の福祉ってなんだろう?
近年、「動物の福祉」という言葉が’よく聞かれるようになりました。しかし一般的には「わかりにくい」「動物愛護と違うの?」など、十分に浸透して理解されているとは言えないのが現状です。
アメリカ獣医師協会は動物福祉について、「動物福祉とは、動物がその生活環境にどのように適応しているかを意味します。動物が健康で快適に過ごし、栄養状態が良く安全で、本来あるべき行動を表現でき、恐怖や苦痛などの不快な状態に苦しんでいない場合、その動物の福祉は良い状態であると言えます。」と定義しています。
動物の生活に何らかの変化をもたらした時に、動物福祉が向上したかどうかを測定するのはなかなか難しい課題です。
犬の福祉の評価には認知バイアス、食欲、活動レベルを用いることが多いのですが、これらがどのくらい正確に福祉の向上(または低下)を反映しているかについても、調査研究が行われています。
私たちにとって最も身近な「犬の福祉」についても、いろいろな研究が行われています。過去の研究では、研究施設で飼育されている犬や保護施設に収容されている犬について、犬用おもちゃを与えることで犬たちの福祉が向上したことが報告されています。
そしてこの度は、アメリカのバーナード・カレッジのイヌ認知研究所のチームによって、犬用おもちゃが家庭犬の福祉に与える影響について調査が行われ、その結果が発表されました。
新しいおもちゃをもらった犬の福祉向上の指標をチェック
一般的に普通の家庭で飼育されている犬は、研究施設や保護施設の犬と違って刺激や楽しみを持つ機会が多いものです。そのような家庭犬たちにいくつかの違う種類のおもちゃを与えて、彼らの福祉が向上するかどうかを調査したのがこの研究です。
研究に参加したのは、イヌ認知研究所のデータベースの登録者からと、オンライン広告で募集した47頭の家庭犬たちでした。犬たちは無作為に2つのグループに分けられました。1つはおもちゃを与えられるグループ、もう1つは比較対照のためにおもちゃを与えられないグループです。
どちらのグループの犬たちも、最初にイヌ認知研究所を訪れて認知バイアスと食欲と活動レベルが評価測定されました。
認知バイアスは食べ物が入っているかどうか不確かなボウルを置いて、犬がボウルに近づく速度で評価します。
ボウルに速く近づく犬は、楽観的な認知バイアスを持っていると考えられます。食欲はボウルに入ったフードを食べる速度で評価、活動レベルは犬の首輪に活動モニターを付けて測定されました。
おもちゃ有りのグループには4種類のおもちゃが与えられ、3日おきに違うものに変更して計12日間毎日5分間おもちゃで遊ぶよう指示されました。おもちゃは単純な噛むタイプから少し複雑なパズルまでいろいろなタイプがあり、どれが配布されるかは無作為だったといいます。
おもちゃ無しのグループは、同じく12日間にわたって毎日5分間報酬のトリーツを使いながら、飼い主とのセッションの時間を作るよう指示が与えられました。
2つのグループがそれぞれの課題を終えた後、参加者たちは再度イヌ認知研究所を訪れて認知バイアス、食欲、活動レベルの評価測定が行われました。
おもちゃの効果は犬の生活環境によって違う!
12日間の課題の前と後で、犬たちの福祉向上を示す変化はあったのでしょうか。結果は「3つの指標すべてにおいて有意な変化は見られなかった」というものでした。
前述のように、研究施設や保護施設の犬たちは類似の実験の後に、認知バイアス、食欲、活動レベルから見て福祉の向上が示されたのですが、家庭で暮らすペットの犬たちでは違った結果となりました。
パズルのような複雑なおもちゃを与えられた犬では、認知バイアスがわずかに改善(より楽観的になった)されていましたが、ボールなど単純なおもちゃでは、特に変化は確認されませんでした。同時に、犬たちの福祉が低下したということもありませんでした。
この結果は単純に「おもちゃはペットの福祉向上には役に立たない」という結論に行き着くものではありません。一般的に家庭犬はおもちゃで遊ぶことに慣れており、彼らの福祉のうちおもちゃというエンリッチメントで向上する部分は、既に十分に満たされていた可能性があります。
また愛犬と共に科学研究に参加するタイプの飼い主さんは、普段から犬のエンリッチメントに心を配っている可能性が高いと考えられます。研究に参加した犬たちは良好な福祉の状態で暮らしており、変化の幅がなかったのかもしれません。
また、この研究結果は犬にエンリッチメントを与える際には、それがその犬に適しているかどうかを吟味することの大切さも示しています。
まとめ
家庭で暮らすペットの犬を対象に、新しいおもちゃを与えることが犬の福祉の向上につながるかどうかを検証したところ、特に大きな変化はなかったという結果をご紹介しました。
犬の福祉の向上と言っても、犬が暮らしている環境によって何が効果的なのかはそれぞれ違うことがよくわかる結果です。
愛犬にとって何が必要で何が嬉しいことなのか、改めて考えたり観察したりするきっかけになりそうですね。
《参考URL》
https://doi.org/10.3390/ani13213340
https://doi.org/10.3390/ani13040552
https://doi.org/10.2460/javma.244.6.687