「臭いもの」に対する受け取り方の違い
ニオイは動物が持つ感覚の中でも、特に本能的な部分に深く関わると言われています。なぜニオイだけが本能的な部分に深く関わっているのかというと、それは受け取った感覚情報を処理する脳の部分に関係しています。
動物の感覚を総称して五感と言います。その内訳は視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚です。視覚は網膜、聴覚は蝸牛、嗅覚は嗅上皮、触覚は皮膚、味覚は味蕾がそれぞれの情報を知覚して電気信号に変換し、脳に伝えます。この時、嗅覚以外の情報は脳幹と視床を経由し、大脳皮質にあるそれぞれの感覚を処理する一次感覚野に伝えられます。
ところが、鼻腔上部の嗅上皮で知覚された嗅覚情報だけは、嗅上皮のすぐ上の部分(脳の底の部分)にある嗅球を経由して大脳辺縁系に伝えられます。大脳皮質は言語や複雑な思考を司り、大脳辺縁系は本能行動や感情、記憶を司っている部分なので、ニオイは感情や本能に影響しやすいと考えられているのです。
人と犬とでは、食性をはじめとして習性にさまざまな違いがあるため、本能的な部分にも大きな違いがあることは誰もが認めるところでしょう。そのため同じニオイでも、人と犬では受け取り方が異なります。人には快くても犬には不快だったり、その逆であったりするのです。
そこで今回は、犬が「臭いもの」をを好む理由について考えてみたいと思います。
犬が「臭いもの」を好む理由
ではここからは、具体的に犬が「臭いもの」を好む理由について解説します。(なぜあんなものを…)と不思議に感じていた謎が解けるかもしれません。
1.食欲をそそるニオイ
犬は、雑食もする肉食性の動物です。祖先であったオオカミは、あまり狩りの成功率が高くなく、完全肉食では生き延びられなかったようです。そして現在の犬は、人との生活が長くなったこともあり、さらに雑食化が進みました。
とはいえ、犬の基本は肉食性です。そのため、動物の体を構成しているタンパク質や皮脂、汗などのニオイは食欲をそそるニオイなのです。
また、大型動物を狩った場合はその腐肉も食べていたので、ある程度の腐敗臭も犬にとっては食欲をそそられるようです。
2.安心できる自分自身のニオイ
犬は縄張りを持ち、その縄張りを守りながら暮らしている動物です。「ここは私の縄張りだ!」と主張するため、縄張りのあちらこちら、特に境界になる部分に、自分のニオイでマークを付けます。
つまり、自分のニオイがしている場所は、犬にとって安心できる場所なのです。自分のニオイがついたものを集めて周囲に置きたがるのは、こういう理由からです。
逆に、寝床や毛布などの愛犬の愛用品を洗濯すると、自分のニオイが消えて愛犬が不安になることもあるでしょう。
3.大好きで信頼している人のニオイ
犬は家族などの集団で生活するため、縄張りは家族や仲間との共有物です。縄張りには仲間のニオイもたくさんあり、それも安心材料になっています。
飼い主さんは犬にとって群れの仲間であり、立場的には母親と同じような存在です。
そのため、大好きで信頼している飼い主さんの体臭、特に皮脂や汗などの強いニオイがついた靴下やカバンの取手などのニオイで安心できるのです。
犬が苦手とするニオイ
動物の体臭、腐肉、愛犬自身の体臭、飼い主さんの体臭など、人にとっては不快感を伴うようなニオイが犬にとっては心地良いということが分かりました。
では、犬が苦手とするニオイはどうでしょうか。
犬は刺激の強いニオイを不快に感じるようです。具体的には煙草、香水、芳香剤、酒類、酢、メンソール系などのニオイです。そのため、どんなに大好きな飼い主さんでも、強い香水が振りかけられた服や、飲酒や喫煙をしたときに着ていた服は、嫌がるかもしれません。
体臭に関する犬と猫の違い
犬と猫は、どちらも人と一緒に暮らしてきた歴史が長いですが、異なる点も多い動物です。犬は雑食性の肉食動物ですが、猫は真正肉食動物です。
また、犬の狩猟スタイルは追跡型ですが、猫のそれは待ち伏せ型です。どちらも敵から身を守るためには、自分の体臭を消さなければなりません。
しかし上記の違いが、体臭の消し方の違いを生み出しています。
猫は獲物に気付かれないよう、体臭を完全に消す必要があります。犬はそこまでの必要がないため、別のニオイをつけて隠そうとします。
そのため、猫はシャンプーをしなくてもほとんど体臭がありません。頻繁にグルーミングを行い、体表面の皮脂や汚れなどをきれいに舐め取るからです。また舌の表面が糸状乳頭という小さな突起で覆われていて、これが櫛と同じような効果を発揮します。
しかし犬の舌には糸状乳頭がなく、グルーミング効果が猫より低いです。犬が地面に寝転がって体を泥だらけにしたりミミズの死骸の上に寝転がったりするのは、これらを擦り付けることで自分の体臭を隠そうとしているからで、決して汚いことが好きなわけではないのです。
まとめ
犬は、人からすると汚い物を連想させるような臭いニオイが好きなように見えます。しかしそれは、本能的な感情をかき立てられるニオイだからです。本能的な感情とは、食欲であったり、縄張りの主張であったり、共に暮らす仲間への信頼感であったりします。
もし愛犬が飼い主さんの靴下などに執着しても、「そんなに臭いのか…」とがっかりする必要はありません。臭さに反応しているわけではなく、飼い主さんのニオイに反応しているからです。
ただし、汗や皮脂のニオイが染み付いているという証拠でもありますので、あまり溜め込まず早々に洗濯される方が良いかもしれません。