犬と人間に共通する心臓疾患『拡張型心筋症』
拡張型心筋症は、心臓の筋肉に異常が起こり心筋が薄くなるために、心臓が収縮する機能が低下する病気です。心臓が収縮するポンプ機能が落ちると、全身に必要な血液を送ることができなくなり様々な症状が現れます。
この病気は犬と人間の両方に発症します。犬では2番目に多い心臓病で、病気の進行や症状、予後、治療に対する反応などが人間の場合と似ているため、拡張型心筋症において犬は人間の重要なモデルでもあります。拡張型心筋症を多く発症する犬種は、ボクサーやドーベルマンがよく知られています。
このたびフィンランドのヘルシンキ大学、フォルクハルサン研究センター、スウェーデンのスウェーデン農業科学大学、スイスのベルン大学、オランダのユトレヒト大学、アムステルダム大学、スロヴェニアのリュブリャナ大学などの研究者から成るチームによって、ドーベルマンにおける拡張型心筋症の遺伝的背景が調査され、その結果が発表されました。
ヨーロッパのドーベルマンの心臓疾患を調査
この研究ではヨーロッパの複数の医療施設で心エコーなどの臨床検査を受けた540頭のドーベルマン(個人所有の家庭犬たち)が調査対象となりました。これらのデータはドイツ、フィンランド、オランダ、スロヴェニア、スウェーデンからのものです。
データは診断されていた結果によって次の5つに分類されました。
- 拡張型心筋症のみ
- 不整脈のみ
- 拡張型心筋症と不整脈を有する
- うっ血性心不全
- 心臓に異常がなく健康(比較対照のため)
研究対象の犬のうちドイツとフィンランドの431頭は遺伝子解析のため、飼い主に説明同意の上で血液サンプルの採取が行われました。
拡張型心筋症が発症するしくみのヒントが見えてきた!
研究チームは血液サンプルから遺伝子マッピング(生物のゲノムにおける遺伝子の位置、染色体上の遺伝子間の相対距離を決定すること)を行ないました。
その結果、5番染色体に隣接する2つの遺伝子座(特定の遺伝子または遺伝子マーカーが存在する染色体上の特定の固定位置)が拡張型心筋症と関連していることがわかりました。
この遺伝子座に存在するたくさんの遺伝子のうち、心筋の機能と構造およびエネルギー代謝に影響を与える遺伝子RNF207とPRKAA2に変異が確認されたとのことです。
心臓は全身に血液を送り出すポンプ機能を持っており、心筋細胞は互いに影響し合う必要があります。心筋の細胞膜には指状の突起がありポンプ機能に必要なうねりを生み出しています。
RNF207遺伝子の変異は、この指状の突起で発現していることがこの研究で発見されました。
もうひとつのPRKAA2遺伝子は心筋のエネルギーセンサーとして機能しており、PRKAA2が変異によって機能不全になると心臓の働きの効率を低下させます。これら2つの発見は、今まで全く不明だった拡張型心筋症の発症機序について光が見え始めたと言える段階だそうです。
この2つのリスク遺伝子変異について、拡張型心筋症と診断された人間の患者においても調査が行われました。
その結果、ドーベルマンで同定されたのと同じRNF207とPRKAA2遺伝子に15の変異が発見されたことで、犬と人間の拡張型心筋症に同じ遺伝的背景があることが明らかになったわけです。
これまでは心臓疾患の症状が異なるドーベルマンが同じ病気であるかどうかが不明でした。この研究によって、同定された2つの遺伝子は拡張した心臓と心機能にのみ影響を及ぼすものであることから、不整脈は遺伝的に異なる疾患であると考えられます。
しかし今回研究対象となったデータセットでは、不整脈のみを引き起こす遺伝子を同定するには不十分でした。
また今回の研究では、以前にアメリカのドーベルマンで発見された拡張型心筋症に関連する遺伝子座とは関連が再現されませんでした。このことがアメリカとヨーロッパのドーベルマンの潜在的な違いを反映しているのかどうかは未だ結論が出せない状況です。
このように今後さらに研究が必要ではあるのですが、この度の発見は繁殖の際に拡張型心筋症のリスクの高い犬を除外するために利用することができ、犬の健康と福祉の改善に役立てられます。
さらに研究が進めば犬と人間両方の薬剤開発の可能性もあり、期待が膨らみます。
まとめ
心臓疾患を持つドーベルマンの遺伝子解析から拡張型心筋症に関連する2つの遺伝子が同定され、それらは人間の同じ病気にも関連していたという研究結果をご紹介しました。
犬の拡張型心筋症が、人間と共通する臨床的特徴やリスク因子があるということは、犬の研究を人間の医療に応用することが可能であることを意味します。つまり犬の心臓病研究がさらに加速する可能性も考えられます。
拡張型心筋症の高リスク犬種と暮らす飼い主さんにとって、とても心強い研究結果と言えますね。
《参考URL》
https://genomemedicine.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13073-023-01221-3