オーストラリアに到着したディンゴの原始個体群の規模をゲノムから調査
オーストラリアのイヌ科動物であるディンゴの分類学的な位置と、進化の歴史は未だ未知の部分が多く残っています。ディンゴはオーストラリア大陸の陸上捕食者の中では最上位に位置するため、同地における生態学的な役割も重要なものです。
ディンゴは4,000〜11,000年前にオーストラリアに到着し、その祖先はおそらくアジアで生まれたと考えられています。現在、ディンゴはオーストラリア大陸全域の大きく異なる生息地に広く分布しており、サイズ、毛色、行動などの表現型にさまざまなバリエーションがあります。
しかしオーストラリアが地理的に孤立していること、ディンゴがオーストラリアに到着した窓口の狭さ、人間によって輸送された可能性を考えると、ディンゴの原始の個体群の規模は小さかったと考えられます。
オーストラリアのサンシャイン・コースト大学と進化生態学研究センターの研究チームはこのような仮説について、ディンゴ、オオカミ、集落犬、純血種の犬のゲノムデータを使って調査を実施しました。
ディンゴ、オオカミ、犬の全ゲノムデータを比較分析
この研究では、イヌ科動物のゲノムデータから創始者効果とボトルネック効果のサインが調査されました。
創始者効果とは、ある生物の集団のサイズが小さい場合、あるいは個体数が激減して集団が小さくなった時に、偶然性によってある特定の遺伝子が集団に広まる現象を指します。
ボトルネック効果とは、生物集団の個体数が何らかの理由で激減した時に偶然性によって特定の遺伝子が集団に広まり、その後その子孫が再び繁栄した時に、激減前の先祖とは違う遺伝的多様性が低い集団ができることをいいます。
研究者は西オーストラリア州キンバリー、およびニューサウスウェールズ州西部に生息する2頭の野生のディンゴと、オーストラリア南東部のアルパイン地域で捕獲され、飼育下にあるディンゴ1頭の唾液サンプルから全ゲノム配列を決定しました。
研究者たちはまた、9頭のディンゴを対象とした以前の研究から9頭の全ゲノム配列データを収集しました。
さらに、北極圏、アフリカ、ヨーロッパ、アジア、中東を含むさまざまな地域のオオカミ11頭、集落犬13頭、純血種犬32頭の全ゲノムデータを入手し、ディンゴとの比較も行われました。
純血種の犬のデータには、近親交配が最も多いと言われるワイマラナーやスコティッシュテリアなど10種も含まれていたそうです。
ディンゴの多様性の低さ、有害な遺伝的変異の多さ
ディンゴと他のイヌ科動物の全ゲノムデータの比較の結果、ディンゴの原始個体群の規模が、野生のオオカミや家畜化された犬の個体群よりもはるかに小さかったことを示すゲノム上の証拠が発見されました。
最初の個体群が小さかったことからのボトルネック効果を示す5つの証拠も見つかりました。これにはヘテロ接合性の減少や、ゲノムに連続したROHセグメント(両親とも共通の祖先から同一の遺伝子を受け継いでいる)が多数存在することなどが含まれます。
近親交配係数に基づくグループ分けでは、ディンゴの遺伝的多様性は近親交配が進んだ純血種の犬種よりも36%低く、オオカミの約4分の1の低さで、ROHセグメントの数は集落犬やオオカミの約4倍でした。
またディンゴは調査された全ての純血種の犬、集落犬、オオカミの中で有害な突然変異の蓄積負荷が最も高いことも示されました。つまりさまざまな疾患への感受性の増加や、重篤な疾患の原因となる遺伝子変異を多く持っているということです。
現代のディンゴは広大なオーストラリア大陸全域に分布しているため、近親交配の割合は低いと推定されます。ディンゴに見られる遺伝的多様性の低さと高い負荷の遺伝的突然変異は、最初の創始者集団の個体数が限られていたことに起因している可能性があります。
これは純血種の犬の遺伝的多様性の低さと、突然変異の負荷が近親交配の繰り返しと人為的選択によるのとは対照的です。
この調査結果はディンゴの進化の歴史を知ることに役立ち、野生動物の管理に重要な示唆を与える可能性があります。
オーストラリア政府は、家畜への被害などを理由にディンゴの駆除プログラムを計画しています。過去の研究では家畜に被害を及ぼしているのは、ディンゴではなく野生化したイエイヌだという調査結果もあり、研究者は今以上にディンゴの個体数を減らす駆除プログラムを再考し、保全に配慮した計画を立案する必要性を指摘しています。
まとめ
ディンゴとオオカミ、犬の全ゲノムデータの比較分析から、現代のディンゴの祖先集団は他のイヌ科動物よりもはるかに小さく、そのためにボトルネック効果を引き起こした可能性があるという調査結果をご紹介しました。
ディンゴの遺伝的多様性が低く、重篤な病気につながる有害な遺伝的突然変異を多く持っていることはオーストラリアの生態系全体への影響も大きく、またディンゴのオーストラリア先住民における文化的重要性の高さからも、今後も継続して遺伝学的モニタリングを続ける意義があります。
《参考URL》
https://doi.org/10.1002/ece3.10525