一般的な疾患ではあるが、情報が限られていた乳腺腫瘍の研究
メス犬の乳腺腫瘍は犬の腫瘍の中では一般的なもので、メス犬の腫瘍性疾患の約半数を占めると言われています。また過去の研究では、乳腺腫瘍の約50%が悪性であったと報告されているため、乳腺腫瘍の発生頻度やリスク因子をよく知ることはとても重要です。
一般的によく知られているのは、シニア期以降に乳腺腫瘍のリスクが高くなることと、不妊化手術が乳腺腫瘍のリスクを低下させるということです。しかし、犬の乳腺腫瘍に関する疫学的な情報は限られているのが現状だそうです。
イギリスの王立獣医科大学の研究チームは、イギリス国内のメス犬の乳腺腫瘍の発生率を調査しリスク因子を推定するための研究を行ない、その結果が発表されました。
獣医療データベースと病理組織検査ラボからのデータを分析
調査は2種類実施されました。1つめは王立獣医科大学が管理する獣医療データベースに加入している、動物病院で診察を受けた犬のデータを分析したもの。2つめは一般動物病院から依頼を受けて病理組織検査をした、ラボラトリーのデータを分析したものです。
王立獣医科大学が管理する獣医療データベースはVetCompassという名で、加盟している動物病院の全ての診療記録を匿名化して共有しています。加盟病院はイギリス全土にまたがるので、イギリス全国でどの動物にどのような病気がどのくらい発生したかが把握できます。
今回の1つめの調査では、2016年の1月1日から12月31日の間に何らかの診察を受けた犬431,708頭のうち、乳腺腫瘍と診断された4歳以上のメス犬のデータ、比較対照のために2016年6月30日時点で4歳以上であった犬のデータ(乳腺腫瘍ではない)が抽出され、乳腺腫瘍の発生頻度とリスク因子が評価されました。
犬の病理組織を検査したラボラトリーから提供されたデータを使った2つめの調査では、乳腺腫瘍が確認されたグループの犬種、VetCompassのデータとの比較などが分析されました。
特定された乳腺腫瘍のリスク因子
VetCompassのデータからは、乳腺腫瘍と診断された4歳以上のメス犬は222例でした。このうち38.8%の85頭は不妊化手術済み、61.7%にあたる137頭は不妊化手術を受けていませんでした。
対照グループでは、不妊化手術を受けていない犬は手術済みの犬の約半数だったので、乳腺腫瘍と診断された犬の不妊化されていない割合の高さがわかります。
8.4%にあたる19頭は、乳腺腫瘍診断以前に偽妊娠(実際には妊娠していないがホルモンのバランスによって妊娠したと体が勘違いしてしまった状態)の既往がありました。
4.4%にあたる10頭では、以前に乳腺炎と診断されていました。偽妊娠と乳腺炎の診断には相関があることが以前に指摘されており、乳腺炎と診断された10頭も偽妊娠だった可能性もあります。
222頭の発症例のうち、診断された時の年齢の中央値は10.0歳、最高齢は19.0歳でした。
乳腺腫瘍発病の確率が高かった犬種は、スプリンガースパニエル、イングリッシュコッカースパニエル、スタッフォードシャーブルテリア、ボクサー、ラサアプソ。
病理組織検査を行なったラボラトリーから提供されたデータからは、915例の乳腺腫瘍が確認され、このうち21.3%の195例が乳腺ガン、78.7%の720例が腺腫でした。年齢の中央値は8.0歳で、最高齢は20歳。9歳以上で発病の確率が増加していました。
ラボラトリーのデータで乳腺腫瘍発病の確率が高かった犬種は、スプリンガースパニエル、イングリッシュコッカースパニエル、ラブラドールレトリーバー、ジャックラッセルテリア。
総合すると、乳腺腫瘍のリスク因子は以下のように特定されました。
- 不妊化手術を受けていない
- 年齢が9歳以上
- 偽妊娠の診断を受けたことがある
- スプリンガースパニエル、コッカースパニエルなど特定の犬種
これらは過去に発表された研究結果とも一致していました。過去の研究は今回のものよりも規模が小さくサンプル数も少なかったのですが、この調査は今までに行われた最大の規模のものであり、従来の知見を大きくサポートするものとなりました。
今後は不妊化手術を受けた時の年齢と乳腺腫瘍発症の関連などについて、さらに研究を進めていくとのことです。
まとめ
イギリスでの獣医療データの分析から、犬の乳腺腫瘍のリスク因子として不妊化手術を受けていない、年齢、犬種、偽妊娠の既往などが特定されたという調査結果をご紹介しました。
これらの知見は獣医師が飼い主さんに乳腺腫瘍のリスクについてアドバイスする際の指針となります。また当てはまるリスク因子を持っている犬の飼い主さんは、日頃から注意深く観察することが大切です。
《参考URL》
https://doi.org/10.1002/vetr.3054