犬とオオカミの観察的空間記憶を検証
愛犬のためのおやつを買ってきて戸棚やパントリーにしまった後に、犬がおやつをしまった場所の前でお座りしていたり、戸をカリカリしたりする姿を見たことがある人は多いと思います。
「おやつの場所よくわかったね〜」と笑ったり、「やっぱり嗅覚でわかったのかな?」と驚いたりと色々な反応がありそうですが、実はこれは観察的空間記憶という犬の社会的学習能力のひとつなのだそうです。
観察的空間記憶とは、チンパンジー、タコ、ネズミなどいくつかの動物種で見られる情報獲得手段で、他の動物がどこに食べ物を隠したかを観察して記憶し、それを盗むことができるという能力です。
オーストリアのウィーン獣医科大学の研究チームが、犬とオオカミを使って隠された食べ物を見つけさせるという実験を行ない、彼らの観察的空間記憶能力を検証しました。
いろいろなパターンで隠された食べ物回収実験
実験に参加したのは、同大学が管理するウルフサイエンスセンターで飼育されている9頭のオオカミと8頭の雑種犬でした。オオカミと犬は別々のエリアに住んでおり、正の強化の方法で毎日トレーニングを受けています。
トレーニングの他に認知テストへの参加、オンリードでの散歩などが行われており、オオカミには週に2〜3回、鹿肉など大きな肉塊、ドライフード、骨などが与えられ、犬には毎日ドライフードが与えられています。
オオカミは食べ物を与えられた後に、残った食べ物を埋めるなどの貯食行動が繰り返し観察されていました。
実験は人間によって隠された食べ物を、犬とオオカミが探し出して回収するというものです。犬もオオカミも実験に先立って、隠した食べ物を見つけるためのトレーニングを受けています。
条件1では、実験者は動物たちが見ている前で食べ物を地面に隠します。隠す食べ物の数は4個、6個、8個のパターンがあり、隠した食べ物同士の距離は最短距離で40m、60m、80mのパターンがありました。
条件2では、動物たちが見ていない時に実験者が食べ物を隠し、その他の条件は条件1と同じです。
実験は1日1回のみ1頭ずつ行われ、学習効果を避けるためにどのパターンが割り当てられるかはランダムに決められました。1回の実験から次の実験までは平均4日の間隔を置き、最終的に1頭あたり36回の実験が行われました。
このようにして、それぞれの条件下で食べ物を見つけるまでにかかった時間や行動が観察分析されたといいます。
条件の違い、犬とオオカミの違いで実験結果に差
全ての実験の結果を検証したところ、犬もオオカミも食べ物を隠す過程を見ていた条件1では、過程を見ていなかった条件2よりも短い時間と短い移動距離で食べ物を回収しました。
しかし、これは食べ物が4〜5個までの場合で、6個目以上の食べ物を見つけ出す時間は条件1でも条件2でも差がなくなりました。
これは犬もオオカミも食べ物を見つけ出すために観察的空間記憶を発揮したことを示していますが、隠し場所を記憶するのは4〜5個が限界で、それ以上の探索には嗅覚や過去のパターンの記憶などを使ったと考えられます。
また当然のことながら、犬もオオカミも実験期間中に隠された食べ物の回収効率を向上させていきました。これは犬もオオカミも期間中の探索意欲を維持しており、時間の経過とともにより良い探索戦略を身につけたことを示しています。
犬とオオカミの違いでは、隠す過程を見ていても見ていなくてもオオカミは犬よりも回収成功率が高く、食べ物を見つけ出すまでの時間が短く、回収のための移動距離がより短かったそうです。
これは食べ物に対するオオカミのモチベーションや探索の持続力が犬よりも高いせいで、観察的空間記憶の違いではないと研究者は考えています。
過去の研究などでは、オオカミは犬よりも幾つかの作業において持続性が高いことが示されています。このことは、オオカミは狩猟によって食べ物を得るのに対し、飼育されていない犬は人間の残飯などを食べるという生態の違いによって説明できます。
犬は家畜化の過程でオオカミのような持続性を持つ必要が緩和された、あるいは持続性が強くない個体が人間によって選択された可能性があります。
まとめ
犬とオオカミを使って隠した食べ物を見つけさせるという実験を行なったところ、両者ともに実験者が食べ物を隠すところを観察していた時に、より早く食べ物を見つけて回収したという結果から、犬とオオカミの社会的学習能力が示されたことをご紹介しました。
飼い主さんが買ってきた食べ物をしまう場所を家庭犬が観察して記憶していることに「本当によく見ているね〜」と感心することはありますが、それがオオカミの貯食行動や観察的空間記憶と根本的に同じであるというのはとても面白いですね。
《参考URL》
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0290547