診断が難しく、介護についても知られていない犬の認知症
犬との暮らしの楽しさや可愛らしさをアピールするメディアや、犬と暮らすことで心身の健康に良い影響があるといった学術研究など、犬との暮らしの素晴らしさについて私たちは頻繁に見聞きします。
しかし犬との暮らしの利点とは別に、病気や加齢などで犬の世話の負担が大きくなった場合の、飼い主の経験についてはあまり報じられていません。介護が必要になった動物の世話は、飼い主の生活の質、社会的、精神的、経済的に大きな影響を及ぼします。
オーストラリアのアデレード大学の獣医学の研究者と、クイーンズランド大学の心理学の研究者のチームは、犬の認知症と飼い主の負担についての調査を実施しました。
犬の認知症(正式には認知機能障害)は神経変性疾患ですが、その症状は他の加齢に伴う病気とよく似ているため、診断が困難な病気です。そのせいもあって、認知症の犬の介護についての飼い主からの報告も少なく、実態がわかりにくい状況です。
この調査の目的は以下の3つです。
- 認知症の有無、認知症の重症度が飼い主の負担に及ぼす影響を知る
- 飼い主が負担と感じるリスクの要因を明らかにする
- 認知症の老犬の介護生活を理解する
シニア犬の飼い主への詳細なアンケート調査
調査への参加者は動物病院、ドッグトレーナー、動物保護団体、ソーシャルメディア、参加者からの口コミを通じて募集されました。参加条件はオーストラリア在住で18歳以上であること、8歳以上の犬と暮らしていること、または最近まで暮らしていたことでした。
調査は3種類の質問票への回答という形で行なわれ、基本情報についての質問票では、犬と飼い主について性別や年齢などの他に、夜はどこで眠るか、診断されている病気、処方されている薬などについての項目がありました。
2つめの質問票は介護の負担度を評価するためのもので、「ペットの介護のために社会生活が損なわれていると感じますか」「ペットの世話をもっとうまくやれると感じますか」など18の質問を「まったくそう感じない」から「ほとんどいつもそう感じる」の5段階で回答します。
3つめの質問票は犬の認知症の程度を評価するためのもので、獣医臨床で使用されているツールです。犬の方向感覚、社会的な関わり合いの変化、睡眠サイクル、粗相、学習、記憶、活動、不安についての質問が設定されています。
上記の標準化された質問群とは別に、獣医師によって診断された疾患や健康問題、服用している薬、愛犬の行動で最も困難を感じることは何かなどについて、自由形式で記述することも求められました。
こうして最終的に537件のオンライン回答が分析されました。
犬の認知症診断の難しさや介護負担が明らかに
犬の認知症の程度を評価する質問票への回答から、割り出された認知症の犬の数は403頭でした。537件の回答のうちの403頭ですから、実に75%の犬が認知症を発症していたということです。
しかし、獣医師によって認知症と診断されていた犬はわずか23頭で、そのうち1頭だけが軽度で残りは全て中度〜重度の認知症でした。
獣医師によって認知症と診断された犬のうち、認知症および(または)不安症の投薬を受けていたのは重度では40%、中度では21%でした。
獣医師による認知症の診断率の低さと、認知症の重い症状があるにも関わらず、効果が認められた薬が処方されていない犬の多さは問題を明らかにしており、今後の大きな課題と言えます。
愛犬の行動について飼い主が困難を感じている問題の上位5つは、「夜間の騒音」「吠え行動」「室内での粗相」「攻撃性」「分離不安」でした。
自由形式で記述された内容では、愛犬への強い愛着、強い愛着による負担の軽減、予期的悲嘆(喪失が訪れる前に愛犬を失うことを想定して喪失感や悲嘆の反応を示すこと)がありました。
介護に対する負担では、この調査での全般的な介護負担スコアは以前に調査されたガンなど、重症/終末期の介護よりも低いものでした。
これは認知症は徐々に進行していく疾患であることや、老犬介護についてのアンケート調査に参加する人々は、老犬の介護に前向きな人が多いという可能性も考えられます。
とは言え、回答者のうち16%の人が臨床的に「非常に重い」と診断される負担を感じていました。また、愛犬が認知症を発症していない場合に比べると、認知症がある場合の介護負担は有意に大きいものでした。
認知症の犬は他の疾患を抱えている割合も高く、飼い主から獣医師へのニーズは複雑なものとなります。相談に多くの時間がかかり、来院の回数も増え、怒りなど強い感情を持つ場合も少なくありません。通常の獣医療チームでは対処できず、双方の負担が大きくなるという問題も考えられます。
研究者はこれらの結果を踏まえて、オーストラリアではまだまだ一般的ではない獣医療ソーシャルワーカーの導入を提案しています。
まとめ
オーストラリアにおける、認知症の犬の介護についてのアンケート調査の結果をご紹介しました。日本でもペットの高齢化から犬の認知症は大きな問題のひとつです。
この調査で明らかになった、認知症の兆候を示している犬と実際に認知症と診断されて関連薬が処方されている犬のギャップも他所ごとではないと考えられます。
老犬の介護を経験された方、今まさに介護中の方、将来介護を経験するであろう方、飼い主としての立場はさまざまですが、このような普段はスポットの当たらない問題について考えることも大切だと感じさせられる報告でした。
《参考URL》
https://bvajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/pdfdirect/10.1002/vetr.3266