家畜番犬の外見的特徴を調査
日本に住んでいるとあまり馴染みのない存在ですが、作業犬種のひとつに『家畜番犬』という分野があります。
ボーダーコリーやコーギーなどでお馴染みの牧畜犬が、家畜の群れを管理するのが仕事であるのに対し、家畜番犬は野生の肉食獣や家畜泥棒など、外部の脅威から家畜の群れを保護する仕事のために選択育種されて来ました。
この目的のために家畜番犬は大きな体と力強い筋肉、過酷な気候条件にも耐えられる身体的特徴を持っています。
家畜番犬の原産地はアジアとヨーロッパで、中でもヨーロッパのバルカン半島と西アジア地域で、多くの家畜番犬が選択育種されて来ました。
バルカン半島は東南ヨーロッパとも呼ばれ、ブルガリアとギリシャの2国で半島のほぼ半分を占めます。
半島内には領土が一部のみ含まれる国も含め13カ国が含まれますが、全領土が半島内にある国はアルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、コソボ、北マケドニア、モンテネグロです。
西アジアは中東と呼ばれることの方が一般的で、アフガニスタン、イラン、イラク、サウジアラビア、イスラエル、シリア、トルコが含まれます。
これらの地域の牧畜形式は、ヒツジやヤギの大群を山岳地帯に長期間放牧するというものです。家畜を守る家畜番犬は、オオカミやクマなどから家畜を守る大きくて頑健な身体的特徴と、独立した決断力や攻撃力など行動的特徴の両方を重視して選抜されて来ました。
そのため外見的特徴は大きく違っていても、機能的には一貫している犬種たちが作られて来ました。しかし、これらの犬種の外見的な特徴(表現型)の分析は、今まで行われて来ませんでした。
トルコのイスタンブール大学セラパシャ校獣医学部の研究チームは、バルカンおよび西アジアの家畜番犬種における頭蓋形態の特徴を明らかにするための調査を行ない、このたびその結果が発表されました。
家畜番犬と他の犬種、イヌ科動物の頭蓋を比較
この研究では、家畜番犬の頭蓋骨の形と大きさを3D幾何学的携帯測定法を用いて特徴づけました。家畜番犬のグループの犬が他の犬種と比較してどの程度多様であるかを調査することが目的です。
犬の頭蓋のデータは、イスタンブールの骨考古学研究センター所蔵の犬またはイヌ科動物の頭蓋の3Dモデルが用いられました。これには168頭の犬と35頭の野生のイヌ科動物(オオカミ、ディンゴを含む)が含まれました。
これらと比較する家畜番犬の頭蓋は以下の7犬種が選ばれました。
- バーニーズマウンテンドッグ(スイス)
- ブコビナシェパード(ルーマニア、上の画像)
- コーカシアンシェパード(コーカサス地方)
- イリリアンシェパード(コソボ)
- カンガールシェパード(トルコ)
- アクサライマルクル(トルコ)
- ルーマニアンミオリティックシェパード(ルーマニア)
これらの犬の頭蓋3Dモデルから割り出したそれぞれの頭蓋指数に基づいて短頭種、中頭種、長頭種に分類しました。
頭蓋指数とは、頭蓋骨の横幅を頭蓋骨の長さで割り100を掛けて割り出した比率です。頭蓋指数が50未満が短頭、50〜60が中頭、60以上が長頭となります。
家畜番犬と頭の形に共通点のある他の犬種
分析の結果ほとんどの家畜番犬は中頭の頭蓋を持ち、頭蓋の形と大きさに強い類似性があることが示されました。これらの犬種が広い地域で大型捕食動物(オオカミやクマ)から家畜を守る任務のために選択され続けてきたことを反映している可能性があります。
家畜番犬の頭蓋は、マスティフなどのモロッサータイプの犬との類似性を持つものもありますが、ジャーマンシェパードなどの牧畜犬とも共通点がありました。
ジャーマンシェパードと頭蓋の形の外見が近い家畜番犬は、牧畜犬のように家畜の群れの管理作業も行うなど、行動特性においても類似した点が報告されています。
全体的に見れば家畜番犬の頭蓋の形状は、ピンシャーやシュナウザー、ジャーマンシェパードやキャトルドッグに最も近く、ガンドッグや原始スピッツからは遠く、オオカミや特にディンゴとは全く異なる形状でした。
犬の頭蓋の形の特徴と行動には優位な関係があることがわかっていますが、家畜番犬とジャーマンシェパードやキャトルドッグとの、頭蓋の共通性と行動の類似性にもそれが現れています。
調査対象となった家畜番犬のうち、ルーマニアンミオリティックシェパードだけは他の犬種に比べて短頭の頭蓋を持っていました。この犬種は体の大きさなどは他の家畜番犬と共通していますが、被毛などは他の犬種とかなり違っています。(上の画像)
また地理的な近接性は、犬の頭蓋の形状の変化にはほとんど影響を及ぼしておらず、家畜番犬の外見の多様性は、遺伝的変異と選択繁殖の両方の影響の結果であると考えられるそうです。
まとめ
バルカン半島および西アジアの家畜番犬と他犬種の頭蓋の形状を比較した調査結果をご紹介しました。
犬種名を聞いてもピンと来ない犬たちが多いですが、遠い国の見たこともない犬の行動や外見についての研究もまたとても面白く興味深く感じます。
家畜番犬のそれぞれの違いをより明確に理解するためには、骨格についてのより詳細な研究が必要だと研究者は述べています。研究の続きが報告されるのが楽しみです。(上の画像はコーカシアンシェパードです。外見だけで興味をそそられますね。)
《参考URL》
https://doi.org/10.1111/joa.13929