人間の遺伝性疾患と犬の家畜化の過程での遺伝子変異の関連
人間の遺伝性疾患のひとつで『ウィリアムズ・ビューレン症候群』というものがあります。この病気は7番染色体の特定の領域において、28〜30の遺伝子がまとまって欠失していることによって引き起こされます。
この疾患の患者さんには心疾患などの身体的な症状の他に、他の人に対して非常にフレンドリーで明るく接する(過剰に社交的という意味で過社交性とも言われる)という特性があります。
犬の場合、人間の7番染色体に当たるのは6番染色体です。この6番染色体を犬とオオカミで比較すると犬では4つの変異が認められ、これらは社会的行動と関連していることがわかっています。
犬の家畜化の過程で、人間のウィリアムズ・ビューレン症候群に関連するのと同じ染色体において、ある種のタンパク質が遺伝子を変化させたことが社会性の高さ(人間では過社交性)を作ったと考えられます。
このような犬の遺伝子の変異が、社会性やトレーニング性などと、どのように関連しているのかをより詳しく調べるための調査が、アメリカのアリゾナ大学、プリンストン大学、介助犬育成団体Canine Companions for Independence(以下CCI)の研究チームによって実施され、プレプリント(学術誌に論文として掲載することを目的に書いた原稿を査読前に公開したもの)として発表されました。
1,001頭の介助犬の遺伝子と行動を調査
この調査ではCCIの繁殖プログラムで生まれ、介助犬としての訓練を受けている犬1,001頭が研究対象となりました。CCIでは、介助犬候補として年間約900頭の子犬を繁殖しているそうです。
彼らは全てラブラドールレトリーバー、ゴールデンレトリーバー、またはこの2犬種の交雑種です。母犬から離れた後はボランティアのパピーレイザーによって育てられ、その後施設に戻って専門的なトレーニングを受けます。
研究チームは1,001頭の介助犬について、ウィリアムズ・ビューレン症候群の過社交的行動と、関連する4つの遺伝子座の転移因子挿入部位の遺伝子型を決定しました。
転移因子とは、遺伝子上の位置を転移できる塩基配列のことで、転移因子の挿入は遺伝子変異の原因のひとつです。
また、それぞれの犬について、パピーレイザーへのアンケート、トレーナーへのアンケート、認知および行動テストを用いて、犬の行動がどのような表現型(観察可能な特徴や形質)であるかを分析しました。
遺伝子型スクリーニングが介助犬育成の成功率を高める可能性
犬の6番染色体の4つの遺伝子座の転移因子挿入と、行動や認知との関連を調査した結果、いくつかの特定の関連が示されました。
GTF21という遺伝子座のCfa6.66という転移因子と最も強く関連していたのは、介助犬としてのトレーニングの成功率でした。
他の転移因子では、「挑発や矯正を受けた時の攻撃性」「他の犬に対する反応性」との関連が示されました。攻撃性や反応性の低さは、介助犬に適した社会性の高さにもつながります。
この調査の結果は、犬の幼少期に遺伝子型のスクリーニングを行うことが、行動の表現型の予測に役立つ可能性を示しました。
介助犬の育成プログラムには多大な時間と費用がかかりますが、トレーニングした犬が実際に介助犬になれる成功率は50%以下である場合が多いそうです。
あらかじめ遺伝子型スクリーニングによって成功する可能性の高い犬を選抜することは、より多くの介助犬の供給につながるため、さらなる研究が期待されます。
さらに研究を進めることによって、介助犬以外の他の作業犬についても遺伝子型スクリーニングを活用できる可能性があります。
まとめ
犬の遺伝子の特定の領域の遺伝子型を解析することで、介助犬に適した気質や行動、トレーニングの成功率を予測できるという研究結果をご紹介しました。
従来の犬の選択繁殖は目に見える行動や気質によって行われてきましたが、遺伝子によってスクリーニングができるようになれば介助犬育成の成功率が上がり、より多くの介助犬を必要としている人々に犬を届けることが期待できます。
《参考URL》
https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-2902414/v1