母親と乳児の無表情効果は犬にも起きるのだろうか
犬と飼い主のつながりや関係性の研究では、人間の親子のつながりや関係性と比較したり、同じ手法でテストを行うことが少なくありません。
ここで紹介する、アルゼンチンのブエノス・アイレス大学医学部の研究チームによって発表された研究結果も、人間のスティルフェイス実験を犬に用いて、その結果を人間の母親と子どもとの関係と比較したものです。
『スティルフェイス実験』とは無表情実験とも呼ばれます。対面で乳児に話しかけたり撫でたりというやりとりをしていた母親が突然無表情になり、乳児との交流を止めた時の乳児の反応の変化を調べるというものです。この後、母親は最初と同じように乳児に笑顔で話しかけて交流を再開します。
母親が無表情で反応を示さなくなると、赤ちゃんは最初は母親の気を引こうと手を動かしたり声を出したりしますが、母親の無反応が続くと乳児の顔からも表情が消え、最後は泣き出してしまいます。
養育者が無表情/無反応になると、子どもの親和行動が減少しストレスが増加することを『スティルフェイス効果』と呼び、人間の乳幼児において広く確認されています。
このスティルフェイス効果は、飼い主と犬との間でも同じように起こるのでしょうか?
家庭犬とセラピードッグを対象にした無表情実験
この研究のための実験は、2つのグループに分けて行われました。1つは62頭の家庭犬(その家庭で1年以上暮らしている)と飼い主が参加しました。
もう1つは29頭の家庭犬(その家庭で1年以上暮らしている)と飼い主、29頭のセラピードッグとハンドラーが参加しました。
セラピードッグは子ども、成人、高齢者を対象に、心理療法、病院、教育プログラムなどで1年以上働いた経験のある犬たちです。家庭犬とセラピードッグで実験の結果が比較されたそうです。
実験は各1分間の3つの段階に分けて行われました。第1段階では犬と飼い主(またはハンドラー)が対面して、人間から犬に話しかけたり撫でたりといった相互交流が行われます。
第2段階では人間が話しかけたり撫でたりするのを止めて、無表情を保ったまま犬を見つめます。第3段階では無表情を解除して、再び第1段階と同じように犬に話しかけたり撫でたりします。
これら3つの段階それぞれでの犬の反応や行動が観察分析されました。
犬も乳幼児と同じように保護者の無表情を嫌う
実験の第2段階で飼い主やハンドラーの顔が無表情になり、話しかけたり撫でたりといった行動がなくなった時、犬の反応はどんなものだったのでしょうか。
62頭の家庭犬たち、家庭犬とセラピードッグ29頭ずつ、どちらのテストでも第2段階では犬から人間への親密度や接触が減少し、犬と人間の距離感は25%遠くなり、犬からの身体的接触時間は3分の2に減少しました。
前足を出す、引っ掻く、頭をすり付ける、吠えるといった飼い主の反応を引き出そうとするおねだり行動は約2倍に増加しました。また、人間が無表情無反応になっている間、犬がストレスを感じていることを示す行動もほぼ2倍に増えていたといいます。
また家庭犬のトレーニングレベルの違いによる比較、家庭犬とセラピードッグの比較でも、この第2段階の犬の反応には違いが見られませんでした。
これらの結果は、犬が人間の乳幼児と同じようにスティルフェイス効果を経験することを示し、犬にとって飼い主との交流が大きな価値をもっていることがわかる結果です。
まとめ
犬と人間の交流の途中で人間が無表情無反応になった時、犬からの親密度が低下しおねだり行動やストレス行動が増加するというテスト結果から、犬は人間の乳幼児と同様、保護者の無表情は反応の薄さを嫌うという研究結果をご紹介しました。
過去の別の研究でも、犬は高いピッチの声の赤ちゃん言葉や大げさな身振りを好むことがわかっていますので、犬と接する時は豊かな表情とジェスチャーを意識することが大切なようです。もっとも犬に話しかけたり遊んだりする時は意識しなくても自然と笑顔になってしまいますよね。
《参考URL》
https://link.springer.com/article/10.3758/s13420-023-00589-x
https://www.psychologytoday.com/us/blog/canine-corner/202307/for-dogs-a-passive-unresponsive-human-face-is-a-bad-face