犬の脳は表情やポーズへの認識を反映しているか?
私たち人間は、周囲の人の気分を読み取ったり次の動きを予測したりする時に、相手の顔の表情、姿勢、ポーズ、身体の動きなどからさまざまな情報を得ています。
人間と霊長類は脳の側頭葉に、顔や身体を認識するのに特化した領域を持っており、この領域が相手の顔や身体からの情報を読み取ることに対応しています。
では犬の場合はどうでしょうか?行動学の研究では、犬は人間の表情やハンドシグナルを認識していることがわかっていますが、脳の反応も人間と共通しているのかどうかを研究するため、オーストリアのウィーン大学とウィーン獣医科大学の研究チームが、MRI(磁気共鳴画像)を使った調査を行ない、その結果が報告されました。
さまざまな表情やポーズの画像を見た時の脳をMRIでスキャン
MRIは強い磁石と電磁波を使って体内の状態を断面像として表示します。獣医療の場でも各種検査などに使われますが、通常は犬がMRI装置に入る際には鎮静剤や麻酔が投与されます。
この調査には、15頭の家庭犬(ボーダーコリー10頭、オーストラリアンシェパード2頭、ラブラドール1頭、雑種2頭 4歳〜11歳平均年齢7.8歳)が参加しました。
全ての犬があらかじめトレーニングを受け、鎮静剤や拘束なしでMRI装置の中で伏せていることができます。犬との比較対照のために40名の人間(女性22名男性18名、平均年齢23歳)も参加しました。
犬はMRI装置の中で伏せた姿勢で、人間はMRI装置の中で仰向けの姿勢で、それぞれ設置されたモニターに映し出される画像を見て、その時の脳の反応がスキャンされます。
実験参加者が見た画像は、いろいろな表情の人間または犬の顔(眠る、笑うなど中立またはポジティブな表情)、いろいろなポーズの人間または犬の身体(顔部分は画像をトリムして身体のみが見える)、無生物(椅子、おもちゃなど犬にとって馴染みのある日常的な物体)です。
犬の側頭葉にも身体の動きに反応する領域がある
参加者の脳をスキャンした画像を分析した結果、犬の側頭葉に顔の表情や無生物よりも、身体の姿勢を見た時に大きく活性化する領域があることがわかりました。
つまり犬にも人間と同じように、側頭葉に身体の姿勢やポーズを視覚的に認識するための領域があることが初めて証明されました。また、犬が表情や姿勢を知覚する時に関与する3つの後頭側頭葉の領域も特定されました。
予期していなかった新しい発見は、犬の場合は顔や身体の画像を見た時に活性化したのが視覚的な脳領域だけではなく、嗅覚に関連する脳領域も活性化していたことでした。
犬は人間や他の犬の表情や姿勢を見た時に、視覚と同時に嗅覚に関連する脳領域も反応を見せたということです。
この調査では、人間の脳についても顔の知覚だけに特化した領域が特定されました。これは過去の過去の行動学の研究や、視線の動きを画像的に解析した結果、人間は他の人とコミュニケーションを取る時に、顔に注目する時間が有意に長いこととも矛盾しません。
また調査結果からは、犬にとっても顔の表情は重要な情報源であることが示されましたが、身体の姿勢や全体的な知覚がより大きな役割を果たしていることもわかりました。
見せられた画像の表情や姿勢が人間のものでも犬のものでも、犬の脳は同じように活性化しました。これは犬と人間の強い結びつきを改めて示していると言えます。
まとめ
犬の脳をMRIでスキャンしたところ、犬の側頭葉にも人間と同じように相手の身体の姿勢を視覚的に認識するための領域があること、顔の表情と身体の姿勢に同じように関与する領域があること、顔の表情や身体の姿勢を見た時に視覚だけでなく、嗅覚に関与する領域も活性化するという調査結果をご紹介しました。
犬は目の前の相手から情報を読み取る時に、顔だけでなく姿勢など全体的な視覚的情報を重視しているというのは興味深いですね。
私たち人間が犬のボディランゲージを読み取ろうとする時に、ついつい顔や尻尾など一点に注意が向きがちで全体を見るというのが苦手なことと対照的です。
《参考URL》
https://www.nature.com/articles/s42003-023-05014-7