腸内細菌叢を移植して病気を治療する方法
私たちの健康にとって、腸内環境が大きな役割を果たしていることはよく知られています。腸内環境が及ぼす影響は単にお腹の調子だけでなく、免疫機構や皮膚疾患、メンタルヘルスにも大きく関連しています。これは人間だけでなく犬においても同じです。
腸内環境は、腸内に住んでいる細菌の種類やバランスによって決まります。これら腸内細菌は菌種ごとに腸の壁にびっしりと張り付いており、この細菌の群集を『腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)』と呼びます。
腸内細菌叢のバランスが崩れてしまって何らかの病気が発症した時に、健康な人の腸内細菌を移植して、腸内細菌叢を理想的な状態に変えるという治療方法があります。
腸内細菌叢が関与している病気のひとつに、アトピー性皮膚炎があります。これもまた人間も犬も同じなのですが、犬のアトピー性皮膚炎における腸内細菌叢の特性は、まだ十分に解明されていません。そのため、犬のアトピー性皮膚炎に対する腸内細菌叢移植の有効性も不明なままです。
このたび日本の臨床獣医師とアニコム先進医療医研究所、東京農工大学の研究チームによって、アトピー性皮膚炎の犬に腸内細菌叢移植を行い、その有効性を予備的に評価した研究結果が発表されました。
アトピーの犬の便の細菌叢と細菌叢移植後の状態を調査
この研究に参加したのはアトピー性皮膚炎と診断された12頭の犬です。この12頭の犬の糞便の細菌叢と比較するため、年齢/性別/犬種を一致させた20頭の健康な犬が対照群として参加しました。
腸内細菌叢移植とは手術を行うわけではなく、健康な犬の便から精製した腸内細菌叢を経口投与します。この腸内細菌叢のドナーには、東京農工大学で研究用に飼育されている2頭の健康なビーグルが採用されたそうす。
経口投与は1回のみ行われ、アトピー性皮膚炎を持つ12頭について、試験開始時と経口腸内細菌叢移植後の皮膚の状態、かゆみ、投薬量、糞便細菌叢が評価されました。
犬のアトピー性皮膚炎の新しい治療法の可能性
アトピー性皮膚炎の犬12頭と、対照群の健康な犬20頭の糞便に含まれる細菌叢を比較したところ、アトピーの犬ではフィルミクテス門、バクテロイデス門、プロテオバクテリア門が主体だったのに対し、健康な犬ではフィルミクテス門、フソバクテリア門、バクテロイデス門、プロテオバクテリア門、アクチノバクテリア門が主体で構成されていました。
このようにアトピー性皮膚炎の犬の腸内細菌叢は、健康の犬と明らかに違うことが確認され、他にもアトピー性皮膚炎の犬の腸内細菌叢の特性が明らかになりました。
経口投与による腸内細菌叢移植の後の56日間の評価では、皮膚の状態と痒みの重症度とスコアは著しく低下し、投薬量が増えた犬はいませんでした。
投与後の糞便の細菌叢は、投与前にはほとんど見られなかったフソバクテリアとアクチノバクテリアが増加していました。
これらの結果から、腸内細菌叢は犬のアトピー性皮膚炎の発症に極めて重要な役割を果たしており、腸内細菌叢移植は新しい治療方法となる可能性が示されました。
まとめ
アトピー性皮膚炎の犬に経口投与による腸内細菌叢移植を行なったところ、皮膚の状態や痒みが改善され、腸内細菌叢も健康な犬に近づいたという研究結果をご紹介しました。
アトピー性皮膚炎は人間でも犬でもとても一般的な疾患であるにも関わらず、決定的な治療法が見つかっていませんでした。腸内細菌叢の移植という負担の少ない方法で、犬が痒みやそこから来る生活の質の低下から解放されるとしたら、とてもありがたいことです。
この研究は、腸内細菌叢移植の有効性を予備的に評価したものなので、今後さらに研究が進められことが期待されます。
《参考URL》
https://www.nature.com/articles/s41598-023-35565-y