犬の特殊能力と使役犬
犬の視覚は、人間と比べるとあまり良くありません。認識できる色数は少なく、それも色褪せたような状態であることや、視力が低く、ぼんやりとぼやけたように見えていることなどが分かっています。
その代わり、犬は人よりもはるかに優れた嗅覚を持っています。しかも犬は、トレーニングにより特定のニオイに対する感度を高め、それを活かして仕事を担える能力を持っています。空港で活躍する麻薬探知犬の姿は、メディアでもよく取り上げられています。
がんの発症を嗅ぎ分けるがん探知犬もいます。日本にも、自宅で採取した呼気を送るとがん探知犬によるスクリーニングを行う事業者や、がん探知犬による健康診断を行う自治体も出てきました。
さらに最近注目を集めているのが、国内ではまだあまり知られていない「低血糖アラート犬」です。欧米では既に活躍しており、日本でもその育成への取り組みが始まっています。
低血糖アラート犬の役割
「低血糖アラート犬」について、一部では、糖尿病患者を嗅ぎ分ける犬だと勘違いをされているようですが、厳密には少し異なります。
今回は、この低血糖アラート犬についてご紹介します。
1型糖尿病患者にとって怖い低血糖
低血糖アラート犬とは、1型糖尿病患者が低血糖になったことに気付き、適切な対処をする犬のことです。
2012年にフィラデルフィアで開催された第72回米国糖尿病学会において、この『低血糖アラート犬の育成に成功し、既に患者支援が始まっている』という報告がありました。役割などの詳細は後述することとし、ここでは1型糖尿病患者にとって低血糖がどういうものかについてご説明します。
1型糖尿病とは、膵臓にあるインスリンを分泌する細胞が機能しなくなる病気で、いわゆる生活習慣病といわれている2型糖尿病とは異なり、小児期発症が多く見られます。インスリンは食事などにより上昇した血糖値を下げるホルモンで、1型糖尿病の場合は、インスリン注射を打つことで人為的に血糖値を下げなければなりません。
しかしコントロールが難しく、低血糖になりやすいという問題点があります。血糖値が50mg/dL程に下がると頭痛、目のかすみ、空腹感、眠気などが起こり、50mg/dL以下になると意識レベルの低下、異常行動、けいれんなどが現れて昏睡状態に陥りやすくなります。しかも寝ている最中に起こる夜間低血糖は、症状を自覚しにくく特に深刻です。
また、ひとり暮らしや低血糖を自覚しづらい高齢者や子どもが患者の場合、対処が遅れると命に関わることもある、治療上の大きな脅威なのです。
低血糖アラート犬の検出感度
低血糖アラート犬が患者の低血糖を検出する感度は、100%ではありません。2012年の報告時の調査結果では、6ヵ月の調査期間中のアラート回数が67回で、その内の28回は正常血糖値でした。また低血糖であるにも関わらず、アラートされなかったことが1回ありました。ここから、低血糖の検出感度は97.5%、偽陰性は2.5%と算出できます。
低血糖アラート犬に期待されている役割
低血糖アラート犬は、患者の低血糖を感知すると、患者の腕や足をゆすります。これに対して患者が示す反応によって、次の行動が変わります。
<反応を示さない場合>
- 吠えて周囲に助けを求める
- 周囲に誰もいないと分かると、電話機の受話器を外して設置してある緊急通報用のパッドを叩くことで救急車が呼ばれる(緊急通報用の機器は事前に設置しておく必要あり)
<反応を示した場合>
- 冷蔵庫を開け、糖分を含む飲食物を選んで患者のもとに運ぶ
前述の通り、低血糖症の検出感度は100%ではありません。しかし、かなりの高感度で検出し、かつ上記のような適切な対処をしてくれます。そして何より、患者である飼い主さんが、低血糖アラート犬と一緒に生活することで得られる安心感は、大きなものであるといえるでしょう。
低血糖アラート犬が低血糖を検出するメカニズム
当初は、低血糖アラート犬が高感度で低血糖を検出できることは分かっていましたが、何に対して反応しているのかは不明でした。
その後、ケンブリッジ大学の研究で、血糖値が低いときの呼気は、炭水化物の一種である「イソプレン」という物質の量が2倍に上昇することが分かりました。
今では、低血糖アラート犬はこのイソプレンのニオイに反応していると考えられています。
まとめ
日本では、1型糖尿病患者の支援を行う認定NPO法人が、犬の殺傷分ゼロを目指して活動している認定NPO法人と協力して、保護犬を低血糖アラート犬に育成し、1型糖尿病患者のご家族へと送り出す活動を始めています。
盲導犬や介助犬のように、低血糖アラート犬が活躍する姿を目にする日が、もうすぐ来ることでしょう!