犬の妊娠/授乳期の代謝の変化についての初めての研究
妊娠から分娩そして授乳という時期は、母体が様々な課題にめまぐるしく対処しなくてはならない期間です。胎児の成長に必要な栄養の供給、ホルモンの変化、母乳の分泌、子宮の退縮など、お母さんの体の中は次々に襲ってくる驚異的な変化に休みなく対応しています。
これはもちろん犬も同じです。このたびスイスのチューリッヒ大学、ドイツのベルリン自由大学、フィンランドとドイツのバイオ企業の研究チームが、妊娠期と授乳期の犬の血液中の代謝物を調査した結果が発表されました。
この研究は犬の妊娠/授乳期の代謝の変化を分析した初めてのものです。また、分析結果を人間の妊娠/授乳期と比較した結果も報告されました。
妊娠〜授乳の異なる時点の血液中の代謝物を分析
妊娠中は胎児の成長をサポートするため、体の代謝プロセスが普段よりも活発になります。代謝とは食べ物から摂った栄養を生命維持のためのエネルギーに変換するプロセスです。
代謝の際に、体は分解した栄養素からアミノ酸やグルコースなどの代謝物を生成します。これらの代謝物は成長や発達、身体機能に不可欠で、母体や胎児の健康を維持するためには、体内の組織や内臓が代謝物を介して十分な栄養を摂取する必要があります。
これら代謝物を解析することで生命現象を読み解く研究をメタボロミクスと言います。この研究では、犬特有のメタボロミクス技術を利用して123の測定項目を定量化しました。
調査に参加したのは21犬種27頭の個人所有の家庭犬です。発情期、妊娠初期、中期、後期、授乳期、離乳後の6つの時期に血液サンプルを採取し、血液中の代謝物濃度を評価しました。
犬と人間の妊娠中の代謝には共通点があった
6つの異なる時点で、どの代謝物が有意な変化を示したか、代謝物別の濃度がどの時期に高い(または低い)かが分析された結果、次のような代謝物が犬と人間の間でよく似たパターンを示しました。
- アルブミン
- 糖鎖
- 脂肪酸
- リポタンパク質
- グルコース
- アミノ酸の一部
アルブミンは肝臓で作られるタンパク質で、犬でも人間でも妊娠後期になると著しく減少することがわかりました。
糖鎖は体のいたる所に存在し、タンパク質や脂質に結合して細胞間の情報伝達などに重要な役割を果たしています。
脂肪酸は胎児の健全な発育に必要で、オメガ3など特定の脂肪酸は妊娠中の炎症を抑えるのに役立ちます。リポタンパク質は脂質とタンパク質から成る粒子で、コレステロールを輸送する役割を持っています。グルコースは妊娠中の母体と胎児の両方にエネルギーを供給します。
犬は人間と生活環境を共有していることから、犬の妊娠研究が人間の妊娠をより深く理解するのに役立つ可能性があります。人間の妊娠期間が約9ヵ月であるのに対し、犬の妊娠期間は2ヵ月強であることから、妊娠から授乳期の変化を4倍速で観察できるという利点もあります。
妊娠中の犬の代謝研究は、胎児の発達における特定の栄養素の役割や、栄養失調の早期診断について必要な知識を得るために重要であること、一方で犬と人間は全く異なる進化の過程をたどっているので、妊娠中の犬と人間の比較には慎重になる必要があることも研究者は述べています。
まとめ
犬の妊娠〜授乳期間中の血液中代謝物の濃度を分析した結果、いくつかの代謝物では人間の妊娠期間とよく似たパターンを示すことがわかったという研究結果をご紹介しました。
違う種の生き物ですから比較するには慎重にならなくてはいけないのですが、犬の研究によって、人間の妊娠の経過不良のより深い理解や治療につながる可能性が示されました。
ガンなどの病気において犬の治療が人間のモデルになる例は数多くありますが、妊娠についてもその可能性があることは、犬が文字通り人間の親友であることを表しているようですね。
《参考URL》
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0284570