もしも人間がいなくなったら犬は...という想定
アメリカで2021年に出版された『A Dog's World』という書籍があります。著者はコロラド大学アンシュッツ・メディカル・キャンパスで教鞭を取る生命倫理学者ジェシカ・ピアス氏とコロラド大学ボルダー校生態進化生物学名誉教授のマーク・べコフ氏です。
この書籍は「もし世界から人間がいなくなったら犬たちはどうなるのだろう。自力で生きていけるのだろうか?」という想定の下、人類がいなくなった後の犬たちの未来を想像し、どのように生き延びるのかという予測について書かれています。
なんだかポスト・アポカリプスをテーマにしたドラマやゲームの設定のように聞こえますが、このユニークな視点から現在の私たち人間と犬たちとの関わり方を改めて考えてみることがテーマになっています。
犬は人間のいない世界で生き延び繁栄していける
著者のお二人は、生物学、生態学、犬と野生イヌ科動物の行動に関する知見に基づいて、人間が介入しない犬の姿を探っています。
結論から言えば、ピアス氏は「私たち人間がいなくても犬が生き残るということに疑いはありません。犬は野生のイヌ科動物の行動レパートリーの多くをまだ持ち合わせているからです。」と述べています。
犬は近縁であるオオカミよりもスカベンジャー(他の動物の食べ残しや死んだ生き物を食べる)としての性質を強く持っていることに加え、小動物などを狩ることも出来ますので、犬たちが自力で生きていくことは可能だと考えられます。
犬が「種」として存続していくための繁殖に手出しをする人間がいないため異なる犬種が混ざり合い、自然淘汰が進み生存に最も適した雑種が生まれていきます。またオオカミやコヨーテなどのイヌ科動物との混血が進むことも考えられます。
著者は人間が介入しない世界では、犬は自分のペースで排泄し、穴を掘ったり吠えたりといった本来の犬らしい行動を制限されることがないことにも言及しています。
人間の存在無しには生き残れない犬もいる
人間の手が入らない世界では生存に適した雑種が生まれていくと前述しましたが、人間の保護下以外では生き残れない犬がいるのも確かです。
パグやブルドッグのような短頭種の犬は呼吸障害や熱中症に罹りやすいことなど、野生の生活には適していません。定期的なグルーミングをしないと大きな毛玉のようになってしまう犬種も人間なしには生きることができません。
長い毛によって目が隠れてしまう犬、尻尾が短い犬は犬同士のコミュニケーションに支障を来たすので生きる上で不利になります。また攻撃性が強すぎる犬は怪我をする確率が高くなり、これも生き残ることを難しくする要素です。
まとめ
アメリカの生命倫理学と生態進化生物学の研究者が著書の中で「もしも世界から人間が消えてしまっても犬たちは野生動物のように適応して生き延びていくことができる」と考察したことをご紹介しました。
犬と共に暮らしている私たちがこの考察から考えなくてはいけないことは、犬は人間に合わせて多くの抑制や限定の中で生きているということです。
もちろん人間はその代償として快適な環境や食べ物を提供しているのですが、犬が犬らしくあることを制限しているという自覚は持っている必要があります。自覚があれば、制限の代替となる遊びを提供したり工夫することに思い至るからです。
行き過ぎた選択繁殖によって見た目の可愛らしさだけを追求した結果、多くの健康問題を抱えている犬種は以前から問題視されています。彼らは人間の存在がないと自然淘汰されてしまうという視点には、このような行き過ぎた選択繁殖の罪深さを改めて深く考えさせられます。
「もしも世界から人間が消えたら」という一見突拍子もなく思える想定ですが、犬という生き物と私たちの関係を見つめ直すきっかけになるのではないでしょうか。
《参考URL》
https://www.livescience.com/could-dogs-survive-without-humans