史上最悪の原発事故が犬に与えた影響を調査
1986年4月、旧ソビエト連邦/現ウクライナのチョルノービリ原子力発電所で史上最大の事故が起こり、膨大な放射線が放出されるという事態が発生しました。日本ではロシア語由来のチェルノブイリという呼称が長く使われていましたが、2022年にウクライナ語由来のチョルノービリに変更されました。
自然災害であれ人為的な災害であれ、大規模な災害は野生動物の個体数や環境への適応に影響を与えます。チョルノービリにおいては、野生動物、昆虫、植物への影響や、生物たちの適応について研究が行われて来ました。
しかし、事故が起きた地域に住んでいる野良犬の遺伝学的な調査は今まで行われていませんでした。この度アメリカのノースカロライナ州立大学、サウスカロライナ大学、コロンビア大学、米国国立衛生研究所の研究チームによって、同地域に生息している犬たちの遺伝学的な調査が行われ、その結果が報告されました。
チョルノービリの犬のゲノムDNAを抽出
原子力発電所の事故によって周辺地域には放射性物質が大量に放出されました。そのために同地域の軍事施設や工業施設が放棄され、結果として放射性物質以外にも有害な重金属や化学物質による環境汚染がさらに進行しました。
チョルノービリに生息している犬たちは何世代にも渡ってこのような環境毒性物質にさらされながら生き延びて来ました。研究チームは、犬の集団がこのような過酷な環境にどのように影響を受け、どのように適応して来たのかを遺伝学的アプローチによって調査しました。
調査対象となった犬たちの血液サンプルは、2018年と2019年に同地域の野良犬を対象にした不妊化手術とワクチン接種の際に採取されました。発電所の原子炉跡地周辺の60頭、そこから16.5km離れたチョルノービリ市内の56頭の2グループ、計116頭のものです。採取された血液サンプルはアメリカに輸送され、ゲノムDNAが抽出されました。
過酷な環境にさらされた犬の遺伝子と今後の研究
犬たち2つのグループは、犬種構成はほぼ同じであるにも関わらず遺伝的には大きく違っていました。2グループは距離的にもわずか16kmしか離れていないのですが、互いに独立して繁殖し、遺伝子の流動がほとんどない状態で共存していることが示されました。
2グループ間の遺伝的な違いが、単純に交流がなかったことから来るのか、それとも、それぞれの場所に特有の環境要因によるものなのかは今後さらに研究が必要です。
また研究チームは、2つのグループの犬の間で異なる391の異常値遺伝領域を特定することができました。これらの領域はその周辺の遺伝子をより詳しく調べるべきであることを示しており、これらのマーカーは遺伝子の修復に関連する遺伝子を指し示しています。
現段階では犬の遺伝子の変化が多世代にわたる被曝に対応したものであると断言することはできませんが、これを解明することで犬が過酷な環境でどのように生き延びたのかを理解し、同様の被曝を経験した他の動物や人間のための対策に役立てられる可能性があります。
まとめ
チョルノービリの野良犬のDNA分析から、放射性物質を含む環境汚染に犬や人間がどのように適応するのかを理解するための第一歩を踏み出した研究をご紹介しました。
チョルノービリの事故からは今年で37年が経過していますが、同地の放射線被曝の危険は依然として現実的なものです。日本でも福島原発の事故が記憶に新しいところですから、このような研究は非常に重要です。
犬たちが放射性物質に曝された結果の遺伝的および健康への影響を理解することで、人間への影響や健康リスクを軽減するための方法について理解が深まることが期待されます。
《参考URL》
https://cgejournal.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40575-023-00124-1