遠吠えはイヌ科動物のコミュニケーション手段
野生動物だったオオカミのうち人間と暮らしやすい個体が選別されて飼育され、さらに選別が重ねられてイヌとなったのが「家畜化」です。言うまでもなく、家畜化されたイヌの行動はオオカミとはかなり違うものになりました。
コミュニケーションの行動も変化したもののひとつです。オオカミのコミュニケーションと聞いて、まず頭に浮かぶのは遠吠えではないでしょうか。犬の中にも遠吠えをする個体はいますが、あまりコミュニケーションの道具として使われているようには見えません。
オオカミやその他イヌ科動物の遠吠えは、遠距離コミュニケーションのための信号です。群れのメンバーの位置を確かめ結束するためでもあり、群れのテリトリーを明らかにして知らない個体との接触を回避するという目的もあります。遠吠えに反応することはこれらの目的を果たすコミュニケーション手段として不可欠です。
ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学、イギリスのケンブリッジ大学とリンカーン大学、イタリアのサッサリ大学、オーストリアのウィーン獣医科大学、スイスのチューリッヒ大学、アメリカの国際ウルフセンターの研究チームがオオカミと犬の遠吠えについて興味深い実験を行い、その結果が発表されました。
録音された遠吠えに対する犬の反応を調査
実験は録音したオオカミの遠吠えを犬に聞かせて、その反応を観察分析するというものでした。参加したのは28犬種68頭の家庭犬です。犬たちは全員が何らかのシチュエーション(音楽を聞いた時、救急車のサイレンなど)で遠吠えすると飼い主が確認しています。
実験はエトヴェシュ・ロラーンド大学の動物行動学実験室で行われました。スピーカーとカメラが見えないように設置されており、スピーカーから流れる音声に対する犬の行動や反応が録画されるようになっています。
犬は飼い主といっしょに実験室に入り、飼い主は指定された椅子に座りヘッドフォンで音楽を聴きながら本を読みます。
つまり実験中飼い主は何もしないのですが、犬といっしょにいることで見知らぬ場所で犬が安全だと感じられる拠り所となります。犬は室内を自由に歩き回ることができます。
部屋に入って最初の1分間は犬が室内に慣れるための時間で、1分経った時点でスピーカーからオオカミの遠吠えが3分間連続して流され、この間の犬の反応が録画され、分類分析されました。
遠吠えに遠吠えで応えた犬の特徴
68頭の犬のうち57.3%にあたる39頭が発声による反応を示しました。発声による反応とは、遠吠えする、唸る、吠える、キュンキュン鳴くという行動です。
発声反応のうち録音の遠吠えに遠吠えで応えたのは、遺伝学的にオオカミに近い古来の犬種で、現代の犬種では、遠吠えよりも吠えるという反応が多く見られました。
研究者はこのことについて、現代の犬種は生活環境の変化によって遠吠えによるコミュニケーションという機能を失ったようだと述べています。
犬種以外の要素では5歳以上の犬、去勢済みのオス犬に遠吠えの行動が多く見られました。また、遠吠えをした犬ほどストレス関連行動を示す傾向が強いことも観察されました。
遠吠えに遠吠えで応え、その際にストレス関連行動を示しているというのは、自分がオオカミのテリトリーに侵入してしまったと理解し、そのために恐怖や不安などのストレスを感じており、危険を回避するために遠吠えをしている可能性があります。
犬は年齢が上がると恐怖反応が強くなることもわかっているので、年齢の高い犬ほど遠吠えが多いことはこれに一致します。また去勢したオスではテストステロン値が低くなるため恐怖反応が強くなりますが、これも実験の観察結果と一致します。
この実験の結果から、犬は人間の社会で生活し選択的に繁殖されて来た結果、遠吠えによる長距離コミュニケーションの機能を失い、代わりに多様な吠え声という手段を得たと研究者は仮定しています。
まとめ
録音されたオオカミの遠吠えを聞いた犬のうち、遺伝学的にオオカミに近い犬種ほど遠吠えで応答する割合が高かったという実験の結果をご紹介しました。
この結果は研究チームが事前に予想していた通りだったのですが、犬種以外の要因やストレス行動の有無など、興味深い結果が観察されました。
オオカミのコミュニケーション、その名残を残している犬種、遠吠えによるコミュニケーション機能を失った犬種、それぞれに興味深く犬と人間の歴史に思いを馳せたくなります。
《参考URL》
https://www.nature.com/articles/s42003-023-04450-9