認知能力テストを犬種別に比較
「犬の認知」は近年その研究が大きく増えている分野です。認知と言われてもなかなかピンと来ませんが、学習、記憶、衝動の抑制、問題解決、他者や環境を見て情報を得る、などの能力です。
動物が食べ物を見つけたり、仲間と協力するなど生きるために必要な考える能力とも言えます。
犬は人間が人為的に特定の行動特性を選択して育種してきた歴史があります。そのため犬種によって行動にかなりの違いが見られるのですが、認知特性の違いについては今まであまり研究が行われていません。
この度フィンランドのヘルシンキ大学の産業動物医学の研究チームが、13犬種1,002頭の犬を対象にして7種類の認知能力テストを行い、その結果を比較検討して発表しました。
テストには当初2,352頭の犬が参加し、食べ物へのモチベーションの高さ、攻撃性の低さ、1犬種40頭以上が揃うことなどの条件の下、1,002頭が対象となりました。
犬種は以下の通りです。
- オーストラリアンケルピー
- オーストラリアンシェパード
- ベルジアンマリノア
- ボーダーコリー
- イングリッシュコッカースパニエル
- フィニッシュラップフンド
- ジャーマンシェパード
- ゴールデンレトリーバー
- オーファヴァルト
- ラブラドールレトリーバー
- ミックス犬
- シェトランドシープドッグ
- スパニッシュウォータードッグ
ほとんどが家庭犬ですが、31頭は警察犬(家庭で暮らしている)でした。また家庭犬のほとんどは、アジリティやノーズワークなどドッグスポーツのトレーニングを受けていました。
認知能力のテストの内容
テストは最初に実験者から犬への挨拶から始まりました。飼い主といっしょに実験室に入ってきた犬に初対面の実験者が近づき、撫でて犬の反応を観察するものです。
その際に犬の首輪に活動レベルモニターを装着して、期間中の個々の犬の活動レベルが記録されました。その後、犬に実験室を自由に探索させ、その際の好奇心、大胆さ、怖がり度、不安な様子などが観察されました。
認知能力のテストは次の7つが実施されました。
1.衝動の抑制
一部が開いている円筒に犬の目の前でトリーツを入れ、開いた部分を犬と反対側に向けて立ててトリーツを探すよう指示します。円筒は不透明で、犬は向こう側に回り込まないとトリーツが取れないことを学習します。
次に透明の円筒で同じことをします。回り込まずにトリーツを取ろうとして円筒に触れると失敗。触れずに回り込んでトリーツを取ると成功。10回中何回円筒に触れずに回り込んでトリーツを取ったかが計測されます。
2.社会的認知 1
2つの伏せたボウルのどちらかにトリーツを入れ、人間が指差した方に入っていることを学習させます。その後指差しジェスチャーの動作を様々なバリエーションで行なって、犬の正答率を計測します。
3.社会的認知 2
1のテストの後に行います。犬の目の前で伏せたボウルの下にトリーツを入れ、空っぽの方を指差して正答率を計測します。
4.空間的問題の解決
向こう側が見えるV字型のパネルを犬の目の前に置き、Vの字の内側にトリーツを置きます。
犬はトリーツを取るよう指示されますが、パネルがあるため一旦トリーツから遠ざかって迂回しなくてはトリーツに辿り着けません。トリーツに辿り着くまでの時間が計測されます。
5.持続性
透明な蓋がついていて小さい穴がいくつか開いた容器に、犬の目の前でトリーツを入れます。蓋をしっかり閉めて容器ごと犬に与えます。トリーツが見えていて穴から匂いが嗅げますが犬は蓋を開けられません。
実験者または飼い主に助けを求める、早々に諦める、時間をかけて自力で開けようとするなどの行動が観察されます。
6.短期記憶
3つのボウルを伏せて犬の目の前でそのうちの1つにトリーツを隠します。少し時間を置いてからトリーツを取るよう指示して、正答率とかかった時間を計測します。
7.論理的推論
2つの伏せたボウルのうちどちらかにトリーツが入っていることを学習させた後に、2つのうちどちらかが空であることを見た犬が、もう1つの方にトリーツがあると推論できるかを観察します。
犬種によってはっきりとした差があった項目
7つの認知能力のテストのうち5つの項目で、犬種間にはっきりとした差が見られました。その5つとは、衝動の抑制(透明の円筒)、社会的認知1と2(指差しジェスチャー)、空間的問題の解決(V字パネルの迂回)、持続性(蓋の開かない容器)でした。
また初対面の人への挨拶、活動レベル、初めての場所での探索にも犬種差が見られました。
衝動の抑制で高いスコアを示したのはボーダーコリー、オーストラリアンシェパード、シェトランドシープドッグ、ミックス犬でした。最もスコアが低かったのはベルジアンマリノアとジャーマンシェパードでした。
牧畜犬種は捕食反応を抑制することが作業上たいへん重要なので、このような性質を持つ犬が人為的に選抜されて育種されて来た歴史があります。
反対に、マリノアやジャーマンシェパードは高い反応性を必要とされる作業に就くことが多く、抑制性の低さと衝動性の高さが選抜されて来たためと考えられます。
社会的認知ではマリノア、ケルピー、ボーダーコリー、レトリーバーが高いスコアを示しました。これらの犬種は人間と共同で働くため、人間の指示を読み取る能力の高い犬が選抜されて来たせいと考えられます。
空間的問題の解決ではマリノアが高いスコアを示しました。持続性ではゴールデンレトリーバーがほぼ全員人間への助けを求め、マリノアとジャーマンシェパードは自力で解決しようとする犬が他の犬種よりも多くなっていました。
このようにテスト結果の多くは、犬種が選択育種されて来た機能を反映していたのですが、いくつかの結果は犬種の機能だけでは説明できない部分もありました。
同様に、オーストラリアンシェパードとケルピーもどちらも牧畜犬種ですが、オーストラリアンシェパードは蓋の開かない容器を諦めずに人間に頼ろうとするのに対し、ケルピーは早々に諦める行動を示しました。
また、ゴールデンレトリーバーとラブラドールレトリーバーはどちらも人間と共同で作業をするレトリーバーですが、蓋の開かない容器の課題でラブラドールは、ゴールデンよりも自力で解決しようとする犬の数が多く見られました。
過去の研究では犬種グループでの行動の違いが調査されていますが、この結果からグループではなく個々の犬種での調査が必要なことがわかります。
研究者はこれらの結果から、犬の行動や認知特性において犬種によるはっきりとした違いが見出されたと結論づけています。
今後は、このテストに含まれなかった犬種や、今回は有意差が見られなかった論理的推理や短期記憶についてもさらに研究が必要であるとしています。
まとめ
13犬種1,002頭の犬の認知能力テストの結果から、認知特性は犬種によってはっきりした違いがあるという報告をご紹介しました。
今回のテストでは古代犬種(シベリアンハスキー、柴犬など)猟犬(ジャーマンポインター、ビーグルなど)テリアやトイ犬種(チワワ、ポメラニアンなど)が含まれていませんでした。研究者はこれらの犬種も視野に入れているとのことなので、今後の報告が楽しみです。
また犬種の他に、国や文化の違いも犬の行動や認知に反映される可能性も指摘されており、人間に最も近いところで生きる動物である犬の認知から導かれる答えは、さらに広がる可能性がありそうです。
《参考URL》
https://www.nature.com/articles/s41598-022-26991-5